旅は道連れ 世は情け

10
 乗り換えの電車が来るまで、15分くらい時間があった。寒い時期でもないから使う人も少ないのだろう。誰もいないホームの待合室に、二人で黙って座っている。かける言葉を考える余裕もないくらい、僕は怒っていた。
 そもそもこの旅行に僕を無理やりつれてきたのはおねえだ。その理由さえ自分の口から話してくれない。そりゃ確かに僕は単なるお隣さんで弟みたいなものでしかないのかもしれないけど、僕にだって、聞く権利くらいあるんじゃないか?
「おねえ、あのさ」
「ユズル」
 同時に声が出た。なんとなく続きがいいにくくなって、おねえの言葉を待つことにした。
 おねえは僕の足元にあったカバンを膝の上に持ち上げた。そのまま中ををごそごそ探すと、白い封筒を僕の足の上にぽんと置く。なんだこれは。
「これ、帰りの切符。もう帰っていいよ」
「なんだよそれ」
 おねえは僕を見ないで、下を向いている。僕は封筒をおねえに投げ返してやった。冗談じゃない。中途半端にも程がある。封筒はひらひらとおねえの足元に落ちた。
「受け取らないと、このままほっぽりだすわよ」
 おねえが封筒を拾いながら僕をにらむ。だけど僕だってここは引けない。中途半端にも程がある。
「勝手にすればいいだろ。そのかわり、なんで富山に来たのか理由をきちんと説明してくれよ」
「だから、観光って言ったじゃないの」
「わざわざ寒いところを選んで? 嫌いなのに? 不自然すぎるよ」
 僕のつっこみに、おねえは唇をへの字にまげた。変な言い訳を考えつかれる前に、言葉を続ける。
「大体手際が良すぎるよ。深夜バスの切符はとってあるし、富山のことはやたら知ってるし。もともと僕じゃなくて他の誰かと来るつもりだったんじゃないの?」
「そんな相手なんて・・・・・・いないわよ」
 どこまでも嘘を突き通すつもりらしい。それって僕をバカにしてないか?
 話せないと思うなら、頼りないと思うなら、最初から僕を誘わなければいい。そうじゃないんなら。
「じゃあ僕と二人で旅行するつもりだったんだね?最初から」
「そうよ」
 横を向いたままのおねえの腕をつかむ。
「僕だって一応男なんだよ?もう小学生じゃない。そういうことわかってる?」
 驚いた顔でおねえが僕を見る。見開いた瞳の中に、怒った自分の顔が映っているのが見える。
「ちょっと、ユズル?」
 僕は怒りのあまり、どこかがおかしくなってしまったのかもしれない。勝手に暴走している自分を、止めようがなくなっている。
 おねえの顔がすぐ近くに見える。塗れたように光った唇が少しだけ開いている。そこまでの距離、約10センチ。まばたきすればもう届いてしまう。
「それでさあ・・・・・・」
 場違いなまでに明るい声が突然聞こえてきた。制服を着た女子高生が3人。待合室のドアを開けたところで、僕たちの存在に気がついたのか、そのまま一瞬固まってしまう。僕は慌てて手を離した。おねえは下を向いてしまった。誰も声を出せない。なんて気まずい雰囲気。
「ねえ、行こうよ」
 後ろの友達の声にせかされて、入りかけていた子が回れ右をする。ばたんとドアが閉まった途端に外から聞こえてくる忍び笑い。そしてきゃあきゃあと騒ぐ声。
「ばか。出られなくなっちゃったじゃないの!」
 おねえの小さな怒りの声に、僕は小さくなるしかなかった。
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