夫に連れられ、会場の入り口で迎える超大物。
夫の言っていた今日一番大事なお客様は、道明寺様。
まさか、道明寺財閥の次期総裁自らお出ましになるとは。
今夜は驚かされることが多かったけど、予想以上の大物の出現に冷や汗が出てくるわ。
高等部の卒業後、ニューヨークに行かれてしまったから、間近で見るのは六年ぶり。
「九条社長自らのお出迎えですか?遅くなって、申し訳ない」
英徳にいた頃と違って物腰が柔らかくなっているけど、刺すような視線とオーラは変わっていない。
道明寺様を目の前にしたら、さすがに夫が霞んでいく。
「とんでもない。道明寺様、本日はおいでいただき、ありがとうございます」
「なかなか盛大なパーティーですね。今度の事業には、私ども道明寺も大変期待しています」
「道明寺財閥の次期総裁に、そのように言っていただけるなんて、とても光栄です」
「和也の推薦だから、間違いはないでしょう。美作も花沢も期待していると思いますよ」
あの成金、F4からの絶対なる信頼を手にしているのね。
三条桜子を敵に回したら、大変なことになるということだわ。
悔しいけど、あの整形ブスの機嫌を取らないと。
「道明寺様、どうぞ中のほうに」
「すみません。妻の到着が遅れているようなので、少しここで待たせていただけますか?」
妻?
道明寺様が結婚していたなんて、知らなかったわ。
西門様の結婚も報じられていなかったけど、道明寺様の結婚なら報じられないわけない。
「ねえ?道明寺様って、いつご結婚されたの?」
小さな声で夫に聞いてみた。
「僕は知らないけど。君、親しかったんだろ?知らないのかい?」
「え、ええ・・・」
まずい、やぶ蛇だわ。
余計なことを言って、夫に怪しまれないようにしないと。
「あ、紹介が遅れました、妻です。英徳ではお親しかったとか」
「お、お久しぶりです、道明寺様」
「あ・・・どうも」
上手く誤魔化せた・・・みたい。
とにかく、話題を逸らさないと。
早く、奥様がお見えにならないかしら。
「・・・ごめんなさい、遅くなっちゃって」
道明寺様の後ろに、小さな女。
「遅かったな。仕事は終わったのか?」
「ええ・・・、ちょっと嫌な人に会っちゃって」
「KCコーポレーションの九条社長だ。ま、お前のほうがよく知っているだろうけど」
えっ?夫の知り合い?
道明寺様の影から、前に出てきたのは、さっきの牧野とか言う担当者。
「ま、牧野さん?道明寺様の奥様って、牧野さんだったんですか?」
その驚きようから、夫も知らなかったようだわ。
「驚かせてしまって、すみません。仕事のときは、旧姓を名乗っているものですから。改めて、道明寺です」
なんですって?
あの生意気な担当者が、道明寺様の奥様?
「そうだったんですか・・・びっくりしました。牧野さんが奥様だったなんて」
「私どもで手落ちな点はございませんか?先ほど、奥様からお叱りをいただきましたが」
にっこり微笑んでいるけど、嫌味ったらしい。
「そ、そんなことを、妻が?牧野さんには完璧な手配をしていただいているので、滞りなく進んでおります。ありがとうございます」
「なら、よかったわ」
「あ、和也さんも桜子も中におりますので、どうぞ中のほうに。皆さん、お揃いですから」
夫の後に二人が続いて、会場の中へと入っていく姿を見ているしかなかった。
さっき、笑ったのはそのせい・・・。
ど、どうしよう、まずいこと言っちゃったわ。
「百合子、どうして道明寺様がここに?」
「道明寺様の隣の人、さっきの担当者じゃないの?」
えりかと美奈子が駆けつけてくれたけど、矢継ぎ早に質問されても、まだ頭が混乱している。
「慎也さんの事業に、道明寺様も関係している・・・らしい。ん?まだ関係していないのかも」
「なによ、良くわからないじゃない」
「成金が慎也さんと道明寺様の橋渡しをしているみたいなんだけど」
「なんで、あの担当者が道明寺様と一緒にいるのよ?」
「・・・それが・・・」
「ちょっと、百合子ってば、ナンなのよ」
「・・・あの担当者、道明寺様の・・・奥さん・・・だって」
「えええっっっ」
「ち、ちょっと、そんなことって。いつ、道明寺様が結婚したのよ?」
「知らないわよ!」
私に聞かないで、私にだってわからないんだから。
「まさかと思うけど・・・」
「なに?えりか?」
「あの担当者って、牧野つくし本人じゃないわよね?」
・・・そんな・・・こと。
「や、やだ、えりかったら。ここがどこだかわかっているでしょ?貧乏牧野がいるような場所じゃないのよ?ねぇ、百合子?」
あの女が・・・牧野つくし本人・・・そんなこと、あるわけないわ。
「だけど、いくらなんでも牧野つくしにそっくりの女が道明寺様と結婚しているなんて、偶然にしては出来過ぎよ」
そう言われれば、そうだけど。
だけど、牧野つくしじゃないって確信がもてない。
・・・あっ・・・。
さっきは、はっきり聞き取れなかったけど、あの女、私のことを「あさい」って呼んだわ。
「ねえ?あの女、さっき私にぶつかったとき、私のこと『浅井』って呼んでなかった?」
「よく聞き取れなかったけど、そうなの?百合子?」
「わからない。だけど、そんな気がするの」
「き、きっと、牧野つくし本人よ。道明寺様と続いていたんだわ」
も、もし・・・牧野つくしだったら、まずいわ。
「美奈子、えりか、急いで慎也さんのところに行かないと。成金と整形ブスと貧乏牧野に余計なことを言われたら、まずいことになるわ」
こんなことで私のセレブ生活が壊れるなんて、冗談じゃない。
「待って、百合子。ここは、私たちに任せて。そこのソファで具合が悪そうに休んでいて」
「ちょっと、美奈子。どうする気?」
「ちょっと、考えがあるから。百合子があの担当者と顔を合わさなければいいのよ。もし、あの女が本当に貧乏牧野だったら、慎也さんに余計なことは言わないはずだわ」
「そ、そ、そうね。三条桜子にしても西門夫人にしても、私たちのいないところでは何も言わないと思う」
美奈子の提案に一抹の不安はあるけど、とにかく今はあの女には会わないほうが良さそう。
「美奈子とえりかに任せるわ」