まったく今夜はついていないわ。
三条桜子が、夫の従姉妹だったなんて。
しかも、夫の事業に大事な存在だなんて。
家の格ですって?
あの整形ブスにあんな事言われるなんて、悔しい、悔しいったらありゃしないわ。
今夜の主役は私だったのよ。
「百合子、少し落ち着きなさいよ。知らん振りしておけばいいのよ。あの成金と結婚したくらいだから、きっと生活に困っているんじゃないの?」
「そうよ。下手に機嫌を損ねてお姑さんに告げ口でもされたら、そのほうが面倒よ」
確かに、口うるさい姑にグダグダ言われるなんて、真っ平ゴメンだわ。
パウダールームでえりか達に慰められ、落ち着きを取り戻すと、外を見ていたえりかが話しかけた。
「ねぇねぇ、百合子?」
「どうしたの?」
「ねぇ、あの和服の女の人・・・カナダに一緒に行った牧野つくしの友達じゃない?」
えっ?
そんなパンピーがここに?なんで?
「あの人、さっき西門様と一緒にいた人よ」
美奈子がどこかで見たことがあると言っていた人。
一緒にカナダに行ったパンピーなら、道理で見たことあるはずよね。
でも、あの人は、西門様の奥様じゃ?
着ているものだって、けして安いものじゃないわ。
いったい、あの女は何者?
「そろそろ、会場に戻らないとやばくない?」
「そうね、さっきも慎也さんに怒られたし。整形ブスには気づかれたけど、F3は気づいていないし、何とか誤魔化せるわね」
「私たちがフォローしてあげるから」
持つべきものは友達だわ。
三人で夫の元へと戻った。
成金男とF3となにやら難しい話をしているみたい。
「百合子、勝手なことをしては困るよ。いくら、美作さんや総二郎さんたちとお知り合いだと言ってもね、美作さんと花沢さんは今日の主賓なんだから」
「ごめんなさい。向こうで近衛の叔母様に捕まってしまって・・・」
「あら、近衛の叔母様があなたに何の用が?私でさえ、近衛の叔母様に声をかけていただくことなんかめったにないのに」
うるさい!整形ブスは黙ってなさいよ。
「向こうで社の人間が呼んでいるから、ちょっと場をはずすけど、後はよろしく。これから一番大事なお客様がお見えになるんだから」
「ええ・・・」
F3より大事なお客様って、いったい誰なのかしら。
「身分不相応な恰好しているから、お小言でもいただいたのかしら?ほほほっ」
きぃぃ・・・本当に、ムカつくわ。
「大丈夫、九条の叔母様には黙っていてあげますから」
私が言い返せないのが判ってて、言っているわね、この整形ブス。
「桜子、言いすぎだよ」
「いいんです。浅井さんには、高等部時代にそれはそれはお世話になりましたから、私も先輩も。そのお礼ですわ」
「なんですって、この整形・・・」
「浅井さん、それ以上何か言うと僕が黙っていないよ。こんなことは言いたくないけど、君のご主人の事業が上手くいくもいかないも、僕次第だからね」
なんですって!成金のくせに、生意気だわ。
でも、青池コーポーレーションって言ったらいまや超一流企業で、成長株。
敵に回したら、とんでもないことになりそう。
「まあまあ、和也も桜子もその辺にしておけよ」
言い返せないのは悔しいけど、さすが美作様に間に入られたら、何も言えないわ。
「えっと、百合子さんでしたっけ?妻を紹介しますよ。今度、家にほうに稽古にきてください。妻がお相手しますよ」
あら、家元に稽古をつけてもらえるわけじゃないのね。
まあいいわ、奥様と親しくなれれば、チャンスはあるはずだし。
「まあ、羨ましいわ。是非、私たちも一緒にお願いしたいですわ」
なによ、えりかも美奈子も西門様に媚びちゃって。
「ええ、どうぞ。妻の優紀です」
やはりあの和服の女性が奥様だったのね。
確かに、牧野つくしの友達に似ているわ。
だけど、庶民が西門夫人なんてありえないし。
「西門の家内でございます」
「九条百合子です。私の友達の岡崎えりかさんと岩崎美奈子さんですわ。今後ともよろしくお願いします」
「あっ?あなたたちは、カナダにご一緒された・・・?」
「えっ、ええ・・・。覚えててくださいましたか・・・光栄ですわ」
ま、まずいわ。
牧野つくしの友達が西門夫人になっているなんて、庶民のくせに。
おとなしそうな顔をして、どんな汚い手を使って西門様に取り入ったのかしら。
「百合子、優紀さんと知り合いなの?」
このタイミングで夫が戻ってくるなんて、どうすればいいの。
どうして、こんなにいろんなことが起こるのよ。
「学生時代、道明寺さんの別荘にご一緒しましたの」
「おおっ、そうでしたか。妻は友人が少ないようなので、これからは仲良くしてやってください」
「あ、あなた?!」
「是非、お稽古にいらしてくださいね。お待ちしておりますわ。私は嘘などつきませんから、どうぞ安心して」
ち、ちょっと、なにを言い出すのよ、この女。
「岩崎さん・・・でしたね。お義母様はお元気ですか?」
「えっ?」
「私のお茶会にお見えいただいたのに、先日カナダでの思い出話をしてからお見えにならなくなってしまって」
「そ、そうなんですか・・・」
「こんど、ぜひお義母様と一緒にお茶会にいらしてくださいね」
美奈子ったら、顔面蒼白じゃない。
この女、控えめに微笑んでいるけど、言葉に棘を感じるわ。
「また、カナダでの思い出などお話したいわ」
「え、ええ・・・ぜひ・・・」
「岡崎さんも、ご一緒に・・・ね」
「は、はい・・・」
「ご主人はお元気かしら?」
「え、えっ・・・し、主人を知っているの・・・?」
「ええ、まあ・・・」
意味ありげに笑ってるけど、えりかのご主人とどんな関係なのかしら。
「岡崎君もずいぶんご出世したようですわね」
岡崎・・・君?
「優紀、岡崎って誰?」
「家元、以前お話しましたでしょ。財務省にお勤めで、学生時代の友人ですわ」
「ああ、あの岡崎さんか。と、言うと、こちらは岡崎さんの奥さんかい?」
「一年前にご結婚したそうですよ。この前、家に着ていただいた際にお写真を見せていただきましたの」
財務省の官僚って言ったって、所詮庶民の出だもの、この女と接点があったとしてもおかしくはないけど。
「ご安心なさって。あのときのことは、何もお話していませんから」
えりかの顔、かなり引きっているし。
ますます変な展開になっていきそうな予感がする。