夫が言っていた大事なお客様って、美作様のことのようだ。
でも、夫が成金男と親しかったとは知らなかったわ。
クラスが違ったから、成金男が私に気づくことはないはず。
たけど、F2が私に気づいたら夫についていた嘘がばれてしまうかもしれない。
だからって、夫のそばにいないわけにもいかないし、どうしたらいいのかしら。
相変わらず、夫は成金男や美作様と話しこんでいる。
「・・・あ、あなた?」
控えめを装い、二人から見えないように夫の後ろに隠れ、会話に加わった。
「百合子、どこに行っていたんだい。美作さんと和也さんは、大事なお客様なんだから、しっかりもてなしてくれよ」
「ご、ごめんなさい」
普段は、こんなきつい口調で叱ることなんかないのに。
美作様はともかく、この成金男が夫にとってどれだけ重要なのかがわかる。
「よう、あきら!」
「総二郎も来ていたのか」
「ああ、類も来ているぜ。慎也さん、久しぶりだね。たまには、ウチのお茶会にも顔を出してよ」
えっ?花沢様も、お見えになっているの?
意外に広い夫の交友関係には、驚かされるばかりだわ。
「はい、妻にもお手前を習わせようとは思ってはいるんですけど。あ、紹介します。家内です」
「はじめまして、百合子です。今後ともよろしくお願いいたします」
「奥さんは、茶道のご経験は?」
「お恥ずかしいですが、ほとんど初心者で・・・」
「ウチに来るといいよ。後で、妻を紹介しましょう」
「あ、ありがとうございます」
良かった、西門様は私に気づいていないよう。
きっと、美作様も気がつかないわね。
成金男のことは気になるけど、気にしても仕方ないわ。
それより、西門流の家元に稽古を付けてもらえるチャンスだもの。
西門様とお近づきになれば、私の格もあがるし。
このチャンスを利用しなくちゃ。
初心者だなんて言ったけど、一応の心得はある。
筋がいいなんて誉められたら、どうしようかしら、うふふっ。
えりか達にも自慢ができるわ。
後で奥様を紹介してくれると言っていたけど、西門様っていつ結婚されたのかしら。
美作様は、先日大河原財閥のお嬢さんと結婚されたって報道があったけど、西門様の報道はなかったはずだわ。
さっき、美奈子が教えてくれた和服の女性が、西門様の奥様なのかしら。
「類、遅いぞ」
「こんばんは、九条さん。なかなか盛況のようですね。今度のことは、うちも期待していますから」
「ありがとうございます。花沢物産と美作商事の後ろ盾のおかげです」
「慎也さんなら、大丈夫だよ。きっと上手くいくから」
「和也さんが花沢さんや美作さんを紹介してくれたからだよ。本当に感謝している」
「和也の紹介なら安心して取引ができるからな。人間ひとつくらいは取柄があるもんだ」
「ニッシ—、ひどいな。僕だって、一応経営者なんだからね」
「あなた・・・和也さんは、どちらの?」
「青池コーポレーションだよ。僕の従姉妹の旦那さんなんだ」
「まあ、そうでしたの。大変失礼しました。主人の仕事のことは、まるっきりわからないものですから」
夫の従姉妹?
姑は、実家が格下だからと親族に会わせたがらないから、従姉妹がいたことさえ知らなかったわ。
本当に腹の立つババァだこと。
「あきら君、和也君、ここにいたの?」
この人大河原財閥のお嬢さん、今は美作夫人ね。
「滋、どこに行っていたんだよ?」
「ごめん、ごめん。桜子や優紀ちゃんと久しぶりだったから、いろいろとね」
「今度業務提携をするKCコーポレーションの九条慎也さんと奥さんだ。慎也さんは、桜子の従兄弟だよ」
「はじめまして、九条です。美作さんには、お世話になっています」
「滋さん、うちの桜子は?」
「もうすぐ来るはずだけど、あっ、桜子、こっちよ、こっち」
大河原のお嬢さんが手招く向こうにいるのは、さっきの和服の女性と顔は見えないけどもう一人。
「もぉ、滋さん。一人で勝手に行かないでくださいよ」
この女・・・三条桜子?
「ごめん、ごめん。九条さんって、桜子の従兄弟なんだって?」
えええっ??従姉妹って、三条桜子なの?
「ええ、子供のころは良く遊んでもらいました。慎也お兄様、お元気でした?」
「おかげさまでね。今回は、桜子のおかげで美作商事や花沢物産と業務提携ができたよ」
「和也が大丈夫だと思ったんだから、お兄様の力よ。頑張ってね」
三条桜子と成金男のおかげって・・・。
「桜子には紹介していなかったね。妻の百合子だよ」
「あら・・・?あなたは・・・」
「何、どうしたの?桜子、知っている人?」
まずい、気が付かれたかもしれない。
とりあえず、惚けるしかないわ。
「は、はじめまして。百合子です、これからもよろしくお願いしますね」
「青池桜子です。よろしくお願いします」
なによ、気取っちゃって、整形ブスのくせに。
私より、ずっといいドレスなんか着ちゃって、生意気だわ。
値踏みするように、人のこと見ているんじゃないわよ。
「・・・浅井・・・百合子さんですね。英徳学園でお見かけしておりますわ」
ま、まずい・・・気づいたわ、どうしょう。
「あっ、そ、そうですわね。カフェテラスでお見かけしたことがありますわね。三条さんが、慎也さんの従姉妹でしたの?」
絶対、この女は気がついている。
「桜子?浅井さんって、つくしちゃんのクラスの?」
「ええ・・・あの浅井さんですわ」
もお、えりかも美奈子もどこに行っちゃったのよ・・・。
困ったわ・・・早く、ここから離れなくちゃ。
「百合子さん、素敵なドレスね」
「・・・あ、ありがとうございます」
「でもね、ひとつだけ教えておいてあげるわ。お立場をわきまえたほうが良くてよ。一条の伯母様や私が出席するパーティーでそのドレスは、まずいわ。九条の嫁の分際で、身分不相応ってものよ」
「な、なんですって!」
身分不相応ですって。
あんただって、整形じゃない!
「あら、知らなかったのかしら。公家の血を引く私たちは、数字の少ないほうが格が上なのよ。九条家より私の実家のほうが格上なの、おほほ」
く、悔しいぃぃ。
この平成の時代に、平安時代の身分を持ち出すなんて。
「し、失礼しますわ」
何も言い返せないまま、その場を立ち去った。
途中で見つけたえりか達をつれて、とりあえずパウダールームに落ち着く。
三条桜子のことをざっと話して、怒りを二人にぶちまけてた。
「ねぇ、あの和服の女の人…カナダに一緒に行った牧野つくしの友達じゃない?」