牧野つくしに似た女を見かけてから、牧野つくしが気になって仕方がない。
大学に進学してからも、学部の違っていた私たちはたまにキャンパスでその姿を見かけるだけ。
入学当時こそ、道明寺様がプロポーズした相手と話題になったものの、いつもF3がガードしていて、近づくことさえ出来なかった。
パーティの控え室として用意されたスィートに落ち着くと、「そういえば」と美奈子が言い出した。
「牧野つくしと言えば、誰も消息が掴めないみたいよ」
「美奈子、詳しいのね?」
「ほら、大学卒業の少し前に高等部のクラス会があったじゃない? あの時、幹事をやってくれた西園寺君が調べたらしいのよ」
「あー、そう言えば牧野つくしだけ来なかったものね」
高等部卒業のとき就職するはずだった牧野つくしが道明寺様に学費を出してもらったとかで、大学にまで付いてきたのは不本意だったけど、いつの間にかキャンパスで姿を見かけなくなったから、すっかり忘れていた。
「一般庶民には、敷居が高すぎて来られなかったんじゃないの? ほほほっ」
「そうよ。 大学の時だって、いつの間にかいなくなったじゃない。 道明寺様に捨てられて、学費が払えなくなったからでしょ?」
美奈子やえりかが言うように、キャンパスでその姿を見かけなくなったときには、道明寺様と別れ捨てられたと噂されていた。
道明寺様といえば、渡米後、学生でありながら数々の業績を残し、常に経済界では注目の的。
毎週のように流れる『熱愛報道』に名を連ねるのは、名家の淑女たちばかり。
初めから牧野つくしのようなパンピーに本気になられるわけないのよ。
若気の至りというところね。
だいたい、なんで牧野つくしなんかがちやほやされてたのよ?
高等部の卒業プロムの時だって、NYから戻られた道明寺様にエスコートされて。
しかも、道明寺様だけじゃなく、F3まで従えて。
あの時のドレスは、日本では未発表のパリコレブランドで、あの女に買えるものではなかったはず。
悔しいったらなかったわ、あんな女に負けるなんて。
「私たちとは住む世界の違う人よ」
えりかのその言葉に、二度と会うことはないと確信したはずなのに。
頭の片隅で気になりながらも、互いの姑に対する愚痴をこぼし、夫の到着を待っていた。
それぞれ用意したドレスに着替えた。
今夜のために用意したドレスは、ミラノでも最新のブランド。
「百合子・・・そのドレス?」
「うふっ、気がついた?」
数日前、皇室の妃殿下がお召しになって、ワイドショーで話題になったばかりのもの。
実家のレベルでは、ブランドの一点ものがせいぜいだったけど、婚家は皇室に繋がる家柄ですもの、このくらいは許されるでしょ。
「素敵! とてもよく似合っているわ」
「やっぱり元華族は違うわ」
おほほほほっ、今夜の主役は私なのよ。
「美奈子もえりかも素敵よ」
今夜のパーティでは、注目の的になるのは間違いないわ。
二人の称賛にすっかり気分を良くし、私たちは会場に向かっていった。
夫はすでに会場に到着し、会場内のチックをしている。
今夜のパーティは、夫の事業にとってよほど大事なものらしい。
「あなた?」
ホテルの従業員にあれこれと指示している夫に声をかけた。
夫と話していたのは、さっきの女。
ホテルの担当者にしては、ずいぶんいいものを着ているのね。
「いつも当ホテルをご利用いただき、ありがとうございます」
小柄なその女は、深々と頭を下げ、夫の影に隠れててはっきりと顔は見えない。
「今夜は、私ども九条家にとっても大事なパーティですから、粗相のないよう十分注意をするように」
くすっ。
はっきりはわからなかったけど、今この女笑わなかった?
たかが従業員の分際で、私のこと笑うなんて。
「では、九条様。 そろそろお客様をご案内してもよろしいでしょうか?」
「気の利かない人ね。お客様をお待たせしたら失礼でしょ!」
「・・・失礼いたしました」
牧野つくしに似ているってだけ、なんか腹が立つわ。
でも、夫の前で嫌味を言えず、モヤモヤ感だけが残っていく。
まもなく案内された客が会場に入り、夫の横で最上の微笑を浮かべ、一人ひとりに挨拶をする。
そういえば、今日は大事な客が来るといっていたけ。
「ねえ? 大事なお客様がお見えになるって言っていたけど、誰なの?」
「もうすぐお見えになるよ。 君にも懐かしい人だと思うけど」
「私の知り合い?」
意味有りげに笑うだけで、夫は何も答えない。
夫と私に共通の知人などいるわけないし、いったい誰なのかしら。
「ちょっと・・・百合子?」
えりかが遠慮げに声をかけた。
「ねぇ、あそこにいるの、牧野つくしと仲の良かった成金じゃない?」
えっ?
学生の頃と違って垢抜けているけど、間違いなくあの成金だわ。
「どうして、あの成金がここにいるのかしら?」
「・・・知らないわ。 何も聞いてないし」
「慎也さん!」
「和也さん! 来てくれてありがとうございます。 あれ? 桜子は?」
えええ?
あの成金が夫と知り合いだったなんて・・・。
「あっ、美作さんたちと向こうにいるよ」
美作さんって、まさか、F4の美作様?
「おう、和也。 こんなところにいたのか」
本当にF4の美作様だわ。
「美作さんもお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」
「いやいや、こんどのプロジェクトには美作商事としても大いに期待していますよ」
夫の言っていた大事なお客様って、美作様のこと?
「慎也さんなら大丈夫だよ」
「和也がそう言うなら、大丈夫ですね」
「紹介が遅れまして。 妻の百合子です」
「こんばんは・・・」
挨拶しないわけにはいかない。
成金が私に気がつかないといいんだけど。
「百合子・・・ちょっといい?」
話に夢中になっている夫や美作様をおいて、美奈子と会場に隅に。
「百合子、あそこ・・・。 西門様の隣にいる人、見たことない?」
「英徳生じゃないみたいだけど・・・」
どこかで会ったことがある気がする、誰だっけ・・・。
成金にF4の二人・・・なんだか嫌な予感がするわ。