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Ⅳ.季節はずれ

休みの日。
春菜は、街で見てはいけないものを、見てしまった気がした。
剛が若い女の子と、腕を組んで、歩いている。
その顔には、見覚えがあった。
いつだったか、会社の後輩だと、紹介してくれたっけ。
剛との関係が終わりに近づいているのは、春菜もわかっている。
ただ、その事を口にしなかったのは、別れる理由がみつからなかったからだ。
会って、食事をして、ホテルに行く。
それが、約束の様に繰り返される。
テーブルを挟んで、剛と無言の時間を過ごした。
すれ違いを感じる様になったのは、いつからだろう。
サラリーマンである剛とサービス業の春菜では、勤務体制も休日も異なる。
それでも、春菜は、剛に合わせて、休みを取ったりした。
耕平との逢瀬が、剛との時間と色褪せたものにしていく。
剛が「結婚」を口にした事もある。
その度に、返事を濁す。
そして、いつしか、春菜から連絡をする事は無くなっていた。
「潮時なのかな?」
春菜の心の中に浮ぶ、別れの「予感」。
次に会う時は、別れを切り出さなくちゃ、無気質な関係が長びく前に。
それが、こんな形で訪れるなんて。
仲睦まじく微笑む二人の姿から、春菜は目を反らした。
「春菜!」
剛が気がついた。
驚きの表情を隠し、取りつくろう姿が痛々しい。
春菜も、耕平との一夜に裏めたさを感じていない訳じゃない。
気まずい空気が、二人の間に流れた。
バツの悪そうな、それでいて、どこか開き直った笑顔で、剛が隣に居る彼女を紹介する。
「前に紹介したよね。 涼子だ」
「こんにちは」
春菜は、せーいっぱいの笑顔で答えた。
顔がひきつっている。
そう感じているのは、春菜だけなのだろうか?
「11月に結婚する」
剛の言葉に春菜の中で、何かがはじけた。
終りと言うものは、あっけないもの。
「おめでとう」
社交辞令が、機械的に口から出た。
彼女が、剛に小声で耳打ちをする。
それに軽く肯いて、「春菜……」と、言いにくそうに剛が切り出した。
「お願いがあるんだけど……」
今更、何を頼むと言うの?
春菜の心に、悪意が満ちた。
「涼子のために、ブーケを作ってくれないか?」
「私がブーケを?」
「いつか見せてくれた、桜のブーケ」
桜のブーケ?
春菜には、何の事だか理解出来なかった。
そう言えば、急に入った注文で、剛とのデートを断って、徹夜でブーケを作ったっけ。
でも、桜の花を使ってはいない。
「図々しいお願いは、わかっています」
彼女が、遠慮がちに、だけときっぱりとした口調で言う。
「お写真、見ました。 私……どうしても、あの桜のブーケがいいんです。 シンプルだけど、奥が深くて」
やっと、二人の話が飲み込めた。
桜をイメージして作ったブーケの事を言っているのだろう。
ピンクスターとかすみ草だけで、満開の桜をイメージして作ったブーケ。
春菜の作るウェディングブーケは、オリジナルのデザインで、評判も良かった。
あの時も、友達の結婚式で見た春菜のブーケを気に入って、わざわざ注文してくれたものだった。
ドレスと本人のイメージに合わせた、シンプルで、それでいて個性的なデザイン。
それが春菜のブーケだ。
かつての恋人の結婚に、ブーケを作るのは、お人好しすぎるとも思った。
だけど、フローリストとして、最高の評価を受けたと言ってもいい。
「喜んで、作らせてもらいます」
その言葉に、幸せそうにはにかんだ姿の彼女に、軽い嫉妬を覚えるが、心は晴々としていた。
結婚式を翌日に控えて、春菜は、徹夜で作業する。
耕平が暖かいコーヒーを入れてくれた。
「桜のブーケか……」
物珍しそうに見ている。
「春菜には、どんな花が似合うのかな?」
「私?」
「春菜は、桜その物だから、ブーケは必要ないか」
小声で呟く耕平が春菜は可笑しかった。
「私には、必要ないわ。 結婚しないから」
「どうして?」
「そんな予感がするだけよ」
大学生の耕平には、「結婚」と言う言葉は、無縁な物だろう。
また、仕事に没頭する春菜を耕平はじっと見つめていた。
11月、晴天の日。
剛と涼子が多くの祝福を受ける。
祝福客の中には、春菜の姿もあった。
教会の入り口で、フラワーシャワーを浴び、幸せそうに微笑む花嫁の姿。
その手から、桜のブーケが、宙を舞った。
ブーケトス。
花嫁の投げたブーケを手にしたものが、次の幸せな花嫁になると言われている。
澄みきった青空に、季節はずれの満開の桜が舞う様だった。
そのブーケをキャッチした女の子の頬が桜色に染まる。
春菜は、自分の仕事に誇りを感じた。

( 2007/2/27 )

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