春菜は、店の休みを利用して、都心の花屋を見て回る。
地方都市の小さな花屋では見られない花の種類も多く、斬新なデザインで彩る花を見る事は、センスを磨くにも役立つからだ。
将来、自分の店が持てたら、漠然とだが春菜は考える。
花屋を覗く度に、その夢を膨らませて行く春菜だった。
ファッションの街にある花屋は、どこもお酒落だ。
街の華やかさに負けない。
若者の生気に溢れる街並に、彩りを加えていく。
「若さ」
三十歳を目前とする春菜には、場違いな思いさえする。
「三十歳と言う年齢が近づいて来る度に、心に浮かぶ「結婚」と言う二文字。
剛との結婚は、まるで他人事の様な気がする。
仕事柄、ブライダル関係の雑誌を良く目にするが、自分には無縁の様だ。
ブライダルブティックのウィンドウに飾られている純白のドレスに、大きくため息をつく。
華やかな世界の裏側で、多くの幸せの絶頂を見てきた。
それでも、自分の結婚は、遠い世界の事。
ぼんやりと見つめていたら、ウィンドウに耕平が映っていた。
隣に、女の子が居る。
仲の良さそうなカップルだ。
何かが、春菜の心に影を落す。
あれから、耕平とは会っていない。
このまま、気づかれなければいい。
ウィンドウに映る耕平の姿から、目をそらした。
「春菜!」
背中に耕平の声を感じる。
鼓動が高鳴る。
「何しているの? こんなところで」
ゆっくりと振り返った。
隣の女の子の視線が痛い。
「お花屋さんを見回っているの」
「へぇ〜。 勉強熱心だね」
「ねえねえ、耕平?」
女の子が甘えた声で話しかける。
「このウェディングドレス、素敵」
春菜は、居心地の悪さを感じずには、いられない。
「食事に行くんだけど、一緒にどう?」
隣の女の子は、明らかに不満気な顔をしている。
「デートの邪魔しちゃいけないから、遠慮しておくわ」
女の子の視線から、反らす様に、目を伏せた。
「デートなんかじゃない。 一緒に行こうよ」
「ねえ、耕平。 このおばさん、耕平の知り合いなの?」
その言葉は、春菜の胸深くに突き刺さった。
おばさん。
10代の子には、春菜はすでにおばさんなのかも知れない。
目の前の若さに圧倒される。
しかし、耕平は、そんな事には気も止める様子がない。
「近くに美味しい店がある。 行こう」
「耕平。 デートなのに、こんなおばさんが一緒なの?」
その声を無視する様に、耕平が歩き出した。
「行こうよ。 春菜」
女の子の顔色が見る見る変わっていく。
歩き出す事に躊躇する春菜を、睨みつける。
足が竦む春菜の手を引いて行く耕平だった。
食事中も居心地が悪い。
後輩だと言う女の子は、ずっと耕平に甘えている。
まるで、春菜に存在を無視するかの様に。
「おばさん」
春菜の心に突き刺さった言葉。
耕平と居る事が罪悪にすら感じられる。
「春菜?」
耕平の声が遠ざかる。
「この後、どこに行くの?」
「ええっ??」
耕平の呼びかけに、ドキッとする。
何故だろう。
今日は、いつもより鼓動が激しい。
軽い目眩を感じる。
「雑誌で紹介されている店に、行くつもり」
「俺も行く。 午後は授業も無いし」
「えっ〜。 買物に付き合ってくれるって」
女の子は、それまで以上に猫なで声で、耕平に甘える。
春菜は、胸が締めつけられる思いだ。
「また、今度な。 それじゃあ」
耕平が席を立つ。
春菜の腕に引き寄せる様に、歩き出す。
座ったまま、嫉妬で、睨んでいる視線を背中に感じながら、耕平の後ろについて行く。
無言で歩く耕平は、手は離さない。
「手を放して。 みんな見ているから」
俯いたまま、小言で告げる。
「……デートの邪魔しちゃったわね」
「デートじゃないよ」
「だって、あの娘……」
「後輩だよ、ただの。 春菜と一緒の方がいい」
すれ違う人々の眼差しが、羨望の眼差しと、嫉妬の眼差しの様に感じずにいられない。
「でも……」
「俺と一緒は、いや?」
「そんな事ないけど……」
「けど??」
「ねえ、俺達、恋人同士に見えるかな?」
耕平は無邪気に笑う。
周囲の視線も痛い。
耕平の若さが眩しい。
その隣りで、自分の存在が、くすんでいくのが春菜には、痛かった。
夏の日射しの中で、秋桜が優しく揺れている。
風は、秋を運んでいた。