「君って、桜のような人だよね」
いつものように、世間話をしていると、耕平が、突然言い出した。
「からかられている」
春菜は、ムッとした。
「今夜、食事をしよう」
その誘いは、あまりにも突唐すぎる。
「え? 困ります」
「桜のような君と、食事したいって思ったんだけど、ダメ?」
キザな奴、と戸惑う春菜をよそに、耕平の誘いは、一方的だ。
「遅れながらの花見だね」
また、テレたように笑った。
「じゃあ、待っている」
初めて食事をした耕平に、春菜は、不思議な魅力を感じる。
春菜より八歳年下の耕平は、まだその時、大学生だった。
春菜に、専門的なことは、良くわからないが技術系の勉強をしているらしい。
ものの言い方が、生意気に感じたが、どこか憎めない。
ただ、耕平と一緒にいることに居心地の悪さを感じ、困惑している春菜だった。
閉店時間を見計るように、迎えに来るようになった耕平に、戸惑いは隠せない。
若い耕平と一緒に歩くことにも、ためらいを感じる。
耕平は、いっこうに気にしない。
春菜は、耕平の誘いを断りきれない自分を持て余している。
会う回数を重ねるごとに、耕平に魅かれ、耕平の優しい笑顔に胸ときめくのを感じる春菜だった。
「春菜、花散らしの雨って、知っている?」
「源氏物語?」
「あはは、違うよ」
耕平がからかうように笑う。
「何? 聞いたことないけど」
「桜の花が咲くころって、雨が多いだろ?」
「うん」
「専門的には、気圧が不安定だからなんだけど」
話に引き込まれていく。
チューリップとバラの区別ぐらいしか出来ない耕平が話す。
花散らしの雨。
「桜の花の美しさに嫉妬した神様が、花を散らせるために、雨を降らせるらしい」
「だから、花散らしの雨?」
「そうだよ」
耕平が見せた意外な一面。
その笑顔に、さらに胸がときめく。
「桜が散ると、春が来る」
「俺は、花散らしの雨が好きだなぁ」
花屋に勤めていると、自然と言うものが遠い存在になる。
いつでも、人工的に作られた美しさの中にいるから。
「来年、桜が咲いたら、一緒に花見に行こうよ」
くったくなく、そう誘う耕平。
「そうね」
春菜は少し事務的に答えた。
この居心地の悪さは、いつまで続くのだろう。それでも、耕平の誘いを断らない自分。
楽しくない訳ではない。
むしろ、時間が止まれたいいと思うぐらい楽しい。
なのに、この居心地の悪さは、何だろう。
気が遠くなる。
「春菜!」
耕平の一声で、我に帰る。
「聞いている? 俺の話」
「あっ、ごめんなさい」
その声に、心臓が止まるかと思うほど、ドキッとした。
「夏にさ、大学の仲間と河口湖に行くんだ。春菜も一緒に行けたらって思ってたんだけど」
大学の仲間。
「私より、ずっと年下の人達と一緒?」
耕平といるだけでも落ち着かないのに、若い人と一緒に居たら、居場所が無くなる。
春菜の胸の中が、不安で満ちる。
「私は、若くないから、遠慮しておくわ」
「そんなことない」
お盆が、花屋にとって書き入れ時なのは、言う間でもない。
「日帰りか一泊なら、一緒に行けるだろ?」
7月から9月にかけた、お盆とお彼岸で休みらしい休みなど取った事は無かった。
「夏は無理だわ」
そう言って、下を見ていた。
「残念だね」
寂しそうに耕平が言う。
耕平が席を立つ。
少し遅れて、春菜も席を立った。
店から出たとたんに、大粒の雨が降り出した。
春菜のアパートに着いた時には、二人ともずっとずぶ濡れになっている。
「少し、乾かしていく?」
ためらいがちに、耕平に聞く。
耕平は無言のまま、部屋に入った。
タオルを渡す春菜に、耕平が言う。
「季節はずれの花散らしの雨だ」
「花散らしの雨?」
「春菜が、桜だからさ……」
耕平が濡れた身体を引き寄せる。
重ねた口びるが熱い。
遠くで雷が鳴っている。
春菜のわずかな抵抗など、何も意味なさない。
窓を打つ雨音が一段と激しい。
まるで、耕平の鼓動のように。
春菜は、全身で耕平を感じる。
耕平が、春菜の中ではじけた。
紅潮する春菜に、耕平が優しく言う。
「やっぱり、春菜は桜のようだ」
外は、さっきまでの激しさが嘘の様に、雨が止んでいる。
「季節はずれの花散らしの雨」
耕平が、もう一度言った。