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Ⅱ.花散らしの雨

「君って、桜のような人だよね」
いつものように、世間話をしていると、耕平が、突然言い出した。
「からかられている」
春菜は、ムッとした。
「今夜、食事をしよう」
その誘いは、あまりにも突唐すぎる。
「え? 困ります」
「桜のような君と、食事したいって思ったんだけど、ダメ?」
キザな奴、と戸惑う春菜をよそに、耕平の誘いは、一方的だ。
「遅れながらの花見だね」
また、テレたように笑った。
「じゃあ、待っている」
初めて食事をした耕平に、春菜は、不思議な魅力を感じる。
春菜より八歳年下の耕平は、まだその時、大学生だった。
春菜に、専門的なことは、良くわからないが技術系の勉強をしているらしい。
ものの言い方が、生意気に感じたが、どこか憎めない。
ただ、耕平と一緒にいることに居心地の悪さを感じ、困惑している春菜だった。
閉店時間を見計るように、迎えに来るようになった耕平に、戸惑いは隠せない。
若い耕平と一緒に歩くことにも、ためらいを感じる。
耕平は、いっこうに気にしない。
春菜は、耕平の誘いを断りきれない自分を持て余している。
会う回数を重ねるごとに、耕平に魅かれ、耕平の優しい笑顔に胸ときめくのを感じる春菜だった。
「春菜、花散らしの雨って、知っている?」
「源氏物語?」
「あはは、違うよ」
耕平がからかうように笑う。
「何? 聞いたことないけど」
「桜の花が咲くころって、雨が多いだろ?」
「うん」
「専門的には、気圧が不安定だからなんだけど」
話に引き込まれていく。
チューリップとバラの区別ぐらいしか出来ない耕平が話す。
花散らしの雨。
「桜の花の美しさに嫉妬した神様が、花を散らせるために、雨を降らせるらしい」
「だから、花散らしの雨?」
「そうだよ」
耕平が見せた意外な一面。
その笑顔に、さらに胸がときめく。
「桜が散ると、春が来る」
「俺は、花散らしの雨が好きだなぁ」
花屋に勤めていると、自然と言うものが遠い存在になる。
いつでも、人工的に作られた美しさの中にいるから。
「来年、桜が咲いたら、一緒に花見に行こうよ」
くったくなく、そう誘う耕平。
「そうね」
春菜は少し事務的に答えた。
この居心地の悪さは、いつまで続くのだろう。それでも、耕平の誘いを断らない自分。
楽しくない訳ではない。
むしろ、時間が止まれたいいと思うぐらい楽しい。
なのに、この居心地の悪さは、何だろう。
気が遠くなる。
「春菜!」
耕平の一声で、我に帰る。
「聞いている? 俺の話」
「あっ、ごめんなさい」
その声に、心臓が止まるかと思うほど、ドキッとした。
「夏にさ、大学の仲間と河口湖に行くんだ。春菜も一緒に行けたらって思ってたんだけど」
大学の仲間。
「私より、ずっと年下の人達と一緒?」
耕平といるだけでも落ち着かないのに、若い人と一緒に居たら、居場所が無くなる。
春菜の胸の中が、不安で満ちる。
「私は、若くないから、遠慮しておくわ」
「そんなことない」
お盆が、花屋にとって書き入れ時なのは、言う間でもない。
「日帰りか一泊なら、一緒に行けるだろ?」
7月から9月にかけた、お盆とお彼岸で休みらしい休みなど取った事は無かった。
「夏は無理だわ」
そう言って、下を見ていた。
「残念だね」
寂しそうに耕平が言う。
耕平が席を立つ。
少し遅れて、春菜も席を立った。
店から出たとたんに、大粒の雨が降り出した。
春菜のアパートに着いた時には、二人ともずっとずぶ濡れになっている。
「少し、乾かしていく?」
ためらいがちに、耕平に聞く。
耕平は無言のまま、部屋に入った。
タオルを渡す春菜に、耕平が言う。
「季節はずれの花散らしの雨だ」
「花散らしの雨?」
「春菜が、桜だからさ……」
耕平が濡れた身体を引き寄せる。
重ねた口びるが熱い。
遠くで雷が鳴っている。
春菜のわずかな抵抗など、何も意味なさない。
窓を打つ雨音が一段と激しい。
まるで、耕平の鼓動のように。
春菜は、全身で耕平を感じる。
耕平が、春菜の中ではじけた。
紅潮する春菜に、耕平が優しく言う。
「やっぱり、春菜は桜のようだ」
外は、さっきまでの激しさが嘘の様に、雨が止んでいる。
「季節はずれの花散らしの雨」
耕平が、もう一度言った。

( 2007/2/13 )

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