「見合いだと?冗談じゃねぇ。おれは牧野以外と結婚なんかする気はねぇ」
「僕の知り合いでね、どうしても断れなかったんだ。会うだけでいいよ。気に入らなかったら、断ってもいいんだから」
「本当に会うだけでいいんだな?」
「くどいよ。見合いの間だけでも愛想良くしてくれ。司が約束を守ってくれたら、一週間休暇をあげるよ」
喰えない親父の言うことに、一抹の不安がないわけじゃないが、牧野に逢えるというだけで舞い上がっていた。
すぐに牧野に電話をしたかったが、日本はまだ夜中。
アイツはまだ寝ているはずだ。
親父とババァの許可が出たんだからと、西田にスケジュールを調節させて、一週間の休暇を確保した。
プロジェクトの終わりガ近づいているとしても、一週間の休みのためには、嫌でも強行スケジュールになる。
合間を見つけては牧野に電話しても、あいつは出やしない。
牧野に連絡がつかないまま、『見合い』の日が来た。
見合い場所として指定されたのは、NYの道明寺邸。
マジ、めんどくせぇ。
屋敷に向かうリムジンから、もう一度牧野に電話をしてみる。
あのバカ女は、携帯の電源を切ってやがるし。
とりあえず、数時間の辛抱だ。
ディナーの間、香水と化粧品の臭いに耐えて、適当に相槌を打ってりゃいいんだから。
NYで俺は『我慢』を覚えたと思う。
牧野と過ごす休暇を思えば、なんてことねぇ。
屋敷のエントランスに見えるその姿は・・・。
「お帰りなさいませ、坊ちゃん」
た、タマ?
なんでタマが、このNYにいるんだ?
牧野の話じゃ、日本の道明寺邸で牧野をしごいているはずなんだが。
ま、まさか、牧野になにかあったのか?
「た、タマ。牧野になんかあったのか?」
「なに言ってんだろうね、坊ちゃんは。つくしなら元気だよ。頑張っているよ、慣れないことの毎日なのに」
「そっか、ならいいんだけどよぉ。だけど、どうしてタマがココに?」
「ちょっと、旦那様と奥様に頼まれたことがあってね。とにかく、旦那様と奥様がダイニングでお待ちだよ、早くお行き」
もう親父とババァは来ているのか。
仕方ねぇ、少しの辛抱だ。
とりあえず、俺はダイニングへと向かった。
「あら、思ったより早かったですね」
ダイニングには、親父とババァだけ?
まだ見合い相手は来ていねぇらしい。
この道明寺司を待たせるとは、いい根性しているな。
「少し遅れるそうだから、司も着替えておいで。今日は気楽な食事だから」
「親父、本当に飯食うだけでいいんだな?」
「しつこいね、司も。あまり失礼な態度だと、相手に嫌われるよ、ふふっ」
意味ありげに微笑む親父、気味が悪いぜ。
「道明寺にとっては、とても大事な方ですから、失礼のなにように。いいですね、司」
そんな大事な客に、親父もババァもラフな格好でいいのか?
スーツにネクタイなんて堅苦しい格好は免れたが、なんかか拍子抜けするぜ。
シャワーを浴びて着替えをすませ、もう一度牧野に電話をしてみる。
『おかけになった電話は電源が入ってないか、電波の・・・』
ちぇっ、日本は夜中か・・・。
「坊ちゃん、旦那様たちがお待ちだよ」
いよいよ来たか。
俺は、牧野とのバカンスだけを思って、ダイニングへと向かった。
「失礼します」
はぁ?なんだよ、親父とババァだけじゃねぇかよ。
「もうすぐ来るからね。座って待っていなよ」
親父の浮かれっぷりと落ち着きのねぇババァの様子が気になるが。
「お客様がお見えになりました」
やっと来たか。
この俺様を待たせるなんて、どんな女だ?
タマの後ろに見える影は、やけにちっこい女とでかい男。
「会長、社長、お待たせしてすみません」
この若造、どっかで見たことあるが、誰だ?
「道明寺さん、お久しぶりです」
「あ、あぁ。どこかでお会いしましたか?」
「俺です。進です」
進・・・進って、牧野の弟か?
「進君、そんなところに立ってないで、こっちにお座りなさい」
「はい、失礼します。ほら、ねーちゃんも」
ねーちゃん?
進は牧野の弟なんだから、ねーちゃんって言ったら、牧野?
「・・・道明寺、元気にしていた?」
この声、ずっと聞きたかったこの声。
「牧野!!」
俺は、思わず牧野を抱きしめていた。
「ちょ、ちょっと、会長や社長がいるんだから」
腕の中でばたばたしている牧野を無視して、牧野の感触を確かめていた。
諦めたのか、おとなしく俺の腕の中に抱かれている牧野。
少し痩せたか?
少し大人っぽくなったか?
「・・・夢じゃねーんだよな」
「夢じゃないよ。・・・逢いたかった・・・」
可愛いこというじゃねーか。
「司、そろそろ食事にしたいんだけどね」
親父の野郎、余計なときに声かけやがって。
牧野が暴れだしたじゃねぇか。
・・・うっ。
親父の声を無視していたら、この暴力女グーで殴りやがった。
「・・・あんた、いい加減しなさいよ」
さっきまでの可愛い女はどこに行っちまったんだよ。
「おじ様、おば様、すみません。変なところをお見せして」
おじ様?おば様?
「仕方ないだろう。よほど、つくしちゃんに会いたかったんだろうから、司は」
つくしちゃんだと?
「オイ、どういうことなんだよ」
「あんた、うるさい。これから食事なんだから、静かにしなさいよ」
「ヤレヤレ、困った坊ちゃんだね」
いつの間にかにタマの奴。
「あ、先輩。後はあたしがやりますから」
「つくしさん、言葉遣いが乱れていますよ」
つくしさん?ババァが、『つくしさん』?
「・・・すみません」
牧野とタマが準備しているのは、鍋か?
てぇーか、何で牧野がここにいるんだ?
俺の見合いの相手って、まさか、牧野?
「親父、どういうことだ?見合いだって言うのに、何で牧野がここにいるんだよ?」
「だから、つくしちゃんがお見合いの相手だよ。気に入らなかったら、断ってくれていいんだからね」
「はあぁ?」
なに言っているんだ親父。
断るわけねぇだろ??牧野だぞ。
「おじ様、お見合いって?」