『4年後、必ず迎えに行きます』
そう言い残し、愛して止まない女を日本に置いて、俺がNYに渡ったのは三年前。
親父が倒れたと聞いて、俺はNYに行くことを決めた。
あの時の俺は、それが俺に与えられた使命だとさえ思えた。
アイツに出会う前の俺は、家からも財閥からも目を背け、逃げられない宿命に辟易しながら、荒んでいた。
財閥の跡取としてこの世に生を受け、俺の思い通りにならないことなど何一つなく、ただ自分の人生だけは思い通りにならないと諦めていた日々。
それは、俺だけじゃなく、類もあきらも総二郎も同じだったと思う。
俺は喧嘩に、あきらと総二郎は女に、類は心を閉ざすことで、見たくない現実から逃げていたんだ。
逃げ込んだ迷路の中で、出口を探すことを諦めた時、俺達は牧野と出会った。
金と権力が全てだと信じて疑わなかったあの頃、唯一、俺の思い通りにならなかった女。
迷路の暗闇の中、一筋の光として俺を導いてくれた女。
牧野つくし。
思いの丈をぶつけ、やっと手に入れた初めて愛した女のためなら、俺は家など捨てるつもりだった。
道明寺という名が俺と牧野を引き裂くのなら、その名前を捨てることなどなんでもないと思う。
だけど、親父が倒れ、初めて財閥や道明寺家と向き合い、俺は道明寺司として財閥に取り組むことを決めたんだ。
アイツに出会う前の俺じゃ考えられないこと。
牧野は、何も言わず、そんな俺を受け入れてくれた。
さすが、俺が選んだだけ女だ。
約束の4年が過ぎても、俺はNYにいるだろう。
この財閥に取り組めば取り組むほど、4年なんて短い月日でどうこう出来るものじゃないことを思い知った。
NYに渡って一年後、大学部に進んだ牧野から道明寺で働くことになったと電話があった。
何でもババァと勝負をするらしい。
今の俺達がババァに認められないのは、俺自身が一番わかっている。
日本で牧野が頑張っているんだと思えば、俺もどんなことにも耐えられた。
大学の講義と財閥の仕事とがむしゃらに突っ走ってきて、それなりの成果も出してきた。
それでも俺には、まだやらなくちゃならないことがある。
やり遂げなかったら、アイツを迎えには行けない。
4年も待たせておいて、まだ迎えに行くことの出来ない俺は、アイツに愛想を尽かされるかもな。
だけど、中途半端で投げ出したら、あいつを失うことだけははっきりしている。
約束の日まであと一年になった時、俺は覚悟を決めた。
なんとしても、日本に行かなくては。
約束も守ってやれない俺に愛想を尽かされても、俺自身の口から、牧野に伝えなくてはいけない。
それなのに、今の俺には自由になる時間なんてまったくない。
ババァの奴、西田なんかを秘書に付けやがって、バックレて日本に行くこともできねぇ。
この三年。
牧野に逢えたのは、静の結婚式と牧野の卒業プロム、類に嵌められてイタリアに呼び出された時だけ。
それもたった数時間、一緒にいられればまだマシだ。
もう二年もアイツの顔さえ見ていねぇじゃねぇか。
牧野もババァに出されて課題に追われているのか、テレビ電話はおろか電話さえも満足にできねぇ。
たまにNYの俺を訪ねてくる親友達に、牧野の近況を聞くだけで過ごしてきた。
4年で迎えに行けないことを、俺の口から伝えなきゃならない。
まとも言ったって、日本行きを許可するとは思えねぇが、ダメ元で言ってみるしかねぇ。
俺は一度だけ日本に帰国させてほしいと、ババァに直訴することにした。
社長室に急ぎ、ノックもせずそのドアを開けた。
「社長。お願いが」
「なんですか、司。無礼ですよ」
相変わらずの冷たい目で、俺を見下していやがる。
「・・・ノックぐらいはするもんだと思うが、司?」
「お、親父?!」
なんで、ここに親父が?
ずっと、姉貴のそばで静養して危険な時は越したが、まだ動くには十分じゃねぇはずだ。
「自分の会社に来てはいけないのかな?」
「い、いえ……そういうわけでは。 お加減のほうはいいのですか?」
「あはは。司もそういう言葉遣いが出来るようになったんだね。牧野さんというお嬢さんのおかげかな」
「な、なんだよ」
いきなり、何を言い出すんだ。
まったく喰えなぇオヤジだ。
「いったい、何の用です?私は、忙しいのです」
牧野の名前に、動揺していた俺は、ここに来た目的さえ忘れそうになっていた。
「社長にお願いがあってきました。三日だけ俺に休みをください」
「三日も休みが取れるほど、あなたに余裕はあるのですか?」
「今抱えているプロジェクトは、もうすぐ完了します。次のプロジェクトまでには少しだけ時間が取れると、俺は思っていますが」
俺だって馬鹿じゃねぇ。
途中で放り出して何もかもふいにするわけねぇじゃん。
だから、今なんだよ。
今を逃したら、牧野に逢いにいくことはできないだろう。
「休みを取ってどうするつもりだい?」
「どうしようと俺の勝手だろ。だけど、どうしても今じゃなくちゃならないんだ」
「牧野さん・・・かい?」
「俺は、牧野に4年後迎えに行くと約束してNYに来た。でも、残り一年で帰れそうもない。約束を守れないことを、俺から牧野に伝えたいんだ」
正直に言うしかなかった。
こんな女でも、俺の母親だ。
わかってくれると思ってた。
「そんなくだらないことで休みがほしいだなんて、あなたもまだまだですね」
「くだらないって、ふざけるな!俺には、大事なことだ!俺は、アンタがなんて言っても、日本に行く」
「司、君は楓に許可を取りにきたんじゃないのかね?上に立つものがそんな勝手なことを言ったら、下のものは誰もついてこないぞ」
確かにそうだ。
勝手に日本に帰ったりしたら、牧野は逢ってはくれないだろう。
なら、俺はどうしたらいいんだ。
「わかりました。お騒がせをしました」
もうガキじゃねぇんだ。
駄々をこねたって、何も変わらないのはわかっている。
だとしたら、社長室から出て行くしかない。
「わかった、休みをやろう。約束を守ることはとても大事なことだ。小さな約束でも守れないものは上には立てない」
「親父、本当か。本当に、日本に行っても?」
「ただし、条件がひとつある」
「条件?」
「楓、例の件を進めてくれ」
「例の件?」
「明後日、あなたにはお見合いをしていただきます」