煮えた鍋の具を器用に取り分けながら、不思議そうに聞いているけど、お前は見合いだって知らなかったのかよ?
「牧野、お前何しにNYに来たんだ?」
「ん?あたしも進も、仕事だよ。あんたのプロジェクトの完成披露パーティーのお手伝い」
「なんで、進まで?」
「おば様のご好意でね、進も道明寺で働かせてもらっているの」
「はぁ?進は高校生だろが」
「おかげさまで、卒業しました。4月から大学生です」
「そっか。なんか、祝いしねぇとな」
「ありがとうございます」
図体こそでかくなってるけど、照れくさそうに笑うところなんか、ちっとも変わってねぇな。
「いいよぉ、道明寺。お祝いなら、おじ様やおば様から過分に貰っているから」
だから、なんで親父とババァなんだよ?
「俺が進にやりてぇんだよ。何が欲しいんだ?進」
「俺、道明寺さんのネクタイが欲しいです。道明寺さんが使っているネクタイ」
「ネクタイ?」
「道明寺さんは、俺の憧れっすから」
なんて、可愛い奴なんだ・・・。
本当に牧野の弟か?
牧野もこのくれぇ可愛いこと言ってくれたらなぁ。
「あんたが使わなくなったネクタイでいいから、進にあげてやってよ」
「おう、いくらでもやるぜ。あとで、好きなだけ持っていけ」
「さあさあ、みなさん。食事の用意ができましたよ」
「タマさんも一緒にどうだね?今日はつくしちゃん特製の鍋だよ」
「あたしゃ遠慮しときますよ、旦那様。今日は、大事な日ですからね」
大事な日?
牧野と弟がいるだけでも変な感じなのに、親父め、まだなんか企んでやがるのか。
「おじ様とおば様の口に合うかどうか」
テーブルの上に並べられた鍋が、ここのダイニングから浮いている。
「鍋か・・・。懐かしいなぁ・・・」
「えっ?あんた、覚えているの?」
なんで、そんな不思議そうに俺を見ているんだよ。
でけぇ目、見開きやがって。
「当たりめぇだろ。お前が作ったものは、全部覚えている。イソギンチャクみてぇなやつとか」
「えのきだってば・・・。でも覚えていてくれたんだ・・・」
「あの時、約束しただろが。鍋しようって」
「・・・道明寺」
牧野の大きな目から溢れ出した涙。
「ど、ど、どうしたんだよ。俺、なんかしたか?」
「ううん、ううん、あんた記憶をなくしちゃったから、覚えてないと思っていたから・・・」
「でも、なんで急に鍋なんか?」
「私がお願いしました」
はぁ?ババァが?
「この前ね。いきなりおば様に聞かれたの」
「何を?」
「以前、つくしさんのおかげで難航していた契約をまとめられたことがあったでしょ。ひとつだけ願いを叶えると言った私に、つくしさんはあなたに伝えてほしいと言っただけでした。約束を守って、と」
あの時の『約束』のことか。
「最近、その約束の内容を教えていただきました。ですから、約束のものをお願いしたわけです。もういいでしょう、冷めないうちにいただきましょう」
親父もババァも楽しそうに食っている。
そう言えば、ここでいや俺んちでこんなに楽しげに飯食ったことなんかあったっけ。
っうか、親父とババァと一緒に飯を食った記憶なんかねぇ。
飯を食うのを楽しいなんて思うのは、いつも牧野がそばにいた。
こういうのが『一家団欒』って言うんだろうな。
「司、パーティーが終わるまでつくしちゃんたちはここに泊まるから。約束どおり、その後は休暇を取ってもいいよ。つくしちゃんも休みにしてあるはずだし」
「ありがとうございます、お父さん」
お父さんと言って自分で驚いた。
「司にお父さんなんて呼ばれるなんてね、何年ぶりだろうね。ふふっ。進君は、パーティーの後もNYに残ってもらうけど、つくしちゃんは休みを取りなさい、いいね」
「はい、会長」
「おいおい、自宅で『会長』は辞めてくれ。さあ、ゆっくり食べよう」
悪くねぇな、こんな時間も。
しばらく牧野もこの邸で暮らすんだし、キチンと牧野に話さなくては。
食事が終わっても、親父と牧野達はリビングでくつろいでいる。
いつもなら、さっさと自分の部屋に篭るババァまでが、一緒になって笑っていやがる。
ババァが笑った顔なんて、見たことあったか?
少し離れた場所で、の姿を見ていたら、ふと子供のころを思い出した。
親父は不在がちだったけど、ババァとねーちゃんがいて、親父が帰ってくるのを楽しみにしていたんだ・・・あの頃は。
三年前、牧野が道明寺で働くといったとき、『あんたのお母さんは、あんたを愛しているよ』、そう言ってたっけな。
鬼みてぇな女だったあのババァまで変えちまうなんて、やっぱり牧野はすげぇー女だ。
「司、つくしちゃん。今日は、二人に大事な話がある」
親父のやつ改まって、なんだってぇんだ。
不安なのか、隣で牧野が震えてる。
牧野の手を、「大丈夫だ」って思いを込めてしっかり握った。
「楓とも相談したんだけどね、これからの君たちのことは、君たち自身に任せようと思うんだ」
「つくしさん、あなたの勝ちよ」
「それって・・・・?」
頭の中が真っ白になるって、こういうことを言うんだな。
親父の言っていることが、すぐには理解できなかった。
俺達を、牧野との付き合いを許してくれるってことだよな。
「ただし、道明寺の後継者としてふさわしい行動をするように」
「あ、ありがとうございます。おじ様、おば様。道明寺・・・あたし達、認めてもらえたよ」
「あ、ああぁ。ありがとうございます。お父さん・・・お、お母さん」
俺は思わず、牧野を抱きしめた。
腕の中で、静かに泣いてるどこまでも愛しい女。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「なぜ、見合いの相手が牧野だって、最初から教えてくれなかったんですか?」
「教えたら、つまらないだろ」
って笑っていやがるけど、そんな理由かよ。
「悪いが、司。お前を試させてもらったよ。あの時、断固見合いを断ったら、お前を後継者にするわけにはいかなかったと思う。経営には駆け引きが大切だ。一時の感情で動いては成功するものも成功しない。あれほど好き勝手にやってきたお前のこの三年間の成果を見させてもらったよ」
「まだ半人前です。これからは、二人で頑張りなさい。つくしさん、今日のお鍋はとても美味しかったわ。これからもご馳走していただけるかしら?あなたと司にとっては、大事なものだと思うけど」
「もちろんです、おば様!ありがとうございます」
やっと、俺たちの未来が見えてきた。
なぁ、牧野?
お前は、俺と未来を歩いてってくれるか・・・。
腕の中でなおも泣く牧野を、俺はもう一度強く抱きしめた。