清香の勢いに負けて、一緒に食事をすることになった俺。
会社帰りの清香に合わせてビジネススーツでもと思ったものの、サラリーマン風のものは体に馴染まない。
でも何故かわからないが、仕事用の派手なスーツで清香に会いたくなかった。
ホストであることを隠すつもりはないが、できれば今は知られたくない。
鏡の中には、着ていく服が決まらないってだけで、イラつく俺がいる。
クローゼットには、十分すぎるほど服が入っているのに、何故だ?
なんで、あんな女のために、俺はこんなにイラついているんだ?
部屋の中を熊のようにうろついている自分が滑稽だった。
苦し紛れに「高級な店に行くわけじゃないから」と、自分に言い訳して、結局普段着に落ちついた。
地味な"お局さま"には、ちょうどいいだろう。
あはは、まさかこれが裏目に出るとはなっ!
普段着で出て行ったせいで、俺は清香の一面を見ることになる。
約束通り、就業間際の時間に、清香の携帯に電話を入れた。
清香はまだ外で打ち合わせ中だと言う。
「それなら、またの機会に」って言った俺に、この前ほどではないが、一方的な勢いで、時間と場所を指定してきた。
6時に新橋。
新橋なら、この格好で十分だな。
ふと、清香と会うことに浮かれている自身に気がつく。
女と同じ時間を過ごすことさえ嫌悪している俺が……。
きっと、一時の気の迷いだ。
清香という女は、不思議な女だ。
どこにでもいる地味で、目立たない容姿。
なんで、俺を食事になんて誘う?
タクシーを止めてやったぐらいで、大袈裟すぎるだろ?
それとも、あの女も他の女と同じように、俺を装飾品にして連れて歩きたいだけか?
いくら考えても、清香の真意がつかめない。
電話口での清香は、妙にハイテンションで一方的で強引だが、他の女みたいに甘えた声も媚びた様子も見せなかった。
いったい、あの女はなんなんだ?
そんなどうでもいいことを考えていたら、約束の時間より早めに待ち合わせ場所に着いてしまった。
清香が指定してきたのは、ゆりかもめの駅に近い駅前広場。
広場と言っても、SLがあるほうと違って、さほど大きくない。
それでも、新橋の駅前は、仕事帰りのサラリーマンやOLで溢れていた。
再開発で増えた高層ビルのせいか、すっかり街の様子は変わっていて、もう『オヤジの街』なんて呼べない。
行き交う人の波をぼんやりと眺めながら、俺もかつてはあの人波の一つだったんだと、つまらない感傷に耽る。
不意に背後から「よぉ!三笠」と、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、商社で同期だった高松の姿があった。
あぁ、そう言えば、こっちのほうに本社を移したって言っていたけな。
同期の中でコイツとだけは気が合い、会社を辞めたあとも、なんだかんだと付き合いが続いている。
会社の女の子のご機嫌取りに、俺の店を利用することもしばしばで、俺にとってはいいお得意さんだった。
最近は、OLの不評を買ったら、出世はできないって、この前も愚痴ってた。
「お前とこんなところで会うなんて、珍しいな。 今日は休みか?」
「ああ、ちょっと人と待ち合わせだ」
「店外デートか? 相変わらずモテモテだな」
「いや、今日は客が相手じゃない」
「女か? それにしちゃ、ずいぶんラフな格好だな」
「まあな」
高松は、へえ〜と意外そうな顔をした。
コイツは、俺の女嫌いを知っているから、当然の反応だろう。
「イイ男は、何を着てもイイ男ってことか? ……しかし、三笠が仕事以外で女と会うなんてね……。 どんな女なんだ?」
高松は好奇心まる出しで、辺りをキョロキョロと見渡している。
本当に、コイツのこういうところは相変わらずだ。
「三笠さん! お待たせしてごめんなさい」
清香が息を切らして、俺に駆け寄ってきた。
「おい、お前の待ち人って、篠宮さんだったのか?」
「知っているのか?」
「今まで打ち合せしていた竹田商事一のやり手だよ」
ほう……。
「で、お前とどういう関係なんだよ?」
清香の顔を見て、高松が驚いている。
俺は、高松の質問に答えなかった。
いや、答えられなかったんだ。
清香との関係を、どう説明していいのか、わからなかったから。
「ちょっとな……」
俺は言葉を濁すだけだった。