「あら、高松さんじゃありませんか? 先程はどうも。 三笠さんとはお知り合いですの?」
清香がニコやかに話しかけている。
「ええ、同期なんですよ」
高松は、苦笑いしながら答えている。
明らかに、俺と清香の関係を訝っている。
「じゃあ、三笠さんも秩父物産の方ですの?」
「いやぁ、コイツは自分の夢とやらを追い掛けて、とっくに辞めましたよ」
妙にニヤけた顔で、俺のことを話している高松に、俺は内心慌てていた。
ホストであることを高松がポロっと言ってしまいそうで、俺はかなり焦っていたんだろう。
その雰囲気を感じたのか、高松は早々に話を切り上げ、「またな」と言って、その場から離れていった。
俺はホッとしていた。
何故だかわからないが、俺は清香にホストであることを知られたくない。
今日限りのことだから、知られたとしても、何の影響もないはずなのに。
この女の前では平常心が保てない。
何故だ?
「……三笠さん? 三笠さん?」
清香に声かけられて、俺は意識を清香に戻した。
「三笠さんが、高松さんのお知り合いだなんて、ビックリしましたわ」
「驚いたのは、僕のほうですよ。 高松に会ったのも久しぶりでしたから」
今日の清香は、紺色のパンツスーツをすっきりと着こなし、嫌味のないゴールドのアクセサリーが安物でないことを物語っている。
「それじゃあ、行きましょうか?」
清香の後をついて歩いていくと、高層ビルの一つに入っていく。
案内されたのは、最上階の夜景が綺麗な高級感のあるレストランだった。
こんなラフな格好でいいのか?
ダンガリーのシャツにデニムのジーンズ。
明らかに、俺の格好は場違いだろう。
「僕、こんな格好で……」
入口で躊躇している俺に、清香は優しく微笑んだ。
「近くにマスコミ関係の会社が多いから、気になさらないで」
確か、この辺りに大手広告代理店の本社があったっけ。
そこのOLにも俺の客がいたはずだ。
誰かに会ったら、まずいだろう。
「イヤ、でも……こんな高そうな店じゃなくても」
「いいの。 私が来たかったんだから」
ぐいっと腕を掴んで、そのまま店内に入っていく。
呆気にとられていると、東京タワーの良く見える席に座らせられた。
俺の客の年増女でも、こんな強引な女はいない。
こんなことなら、違和感を感じてもスーツを着てくるべきだったと、俺は後悔した。
こんな俺の様子を察したのか、清香は申し訳なさそうにしている。
「どうかしましたか?」
「私ったら、一人ではしゃぎすぎちゃって……。 ごめんなさい。 今夜は感謝の気持ちでご招待したつもりだったのに……」
シュンとしている清香が幼い子供のように見えた。
何だか小さくなっている清香が気の毒になる。
「そんな気にしないで下さい。 こんな素敵なお店に来たことないから、緊張しているだけです。 今夜は、美味しいものを楽しませて下さい」
ホッとしたのか、清香の顔に微笑みが戻った。
我ながら、女の扱いがうまいと半ば呆れてしまう。
食事のオーダーは全て清香に任せ、料理が運ばれてくるまでの間、二人でワインを楽しむことに。
清香に勧められた赤ワインに軽く口をつけると、かなり上質のワインだ。
「高そうなワインですね」
「でもないのよ。 今は安くてもいいワインがたくさんあるから」
「この店には、よくいらっしゃるんですか?」
「いいえ。 以前、商談で秩父物産に伺った帰りに、高松さんに連れてこられましたの」
「高松に? あいつでも、こんな洒落た店を知っていたんだな」
「なんでも、課のOLさんに教えていただいたそうよ。 ちょうど価格の面で折り合いがつかなくて 商談が難航していた時だったから、たぶん高松さんにとっては精一杯の接待だったんじゃないかしら? ふふふ」
なるほどな。
独身の年増女を落とすには十分だ。
だけど、目の前の女の様子じゃ、その接待も役にはたたず、高松の努力も泡のように消えたんだろう。
お気の毒に。
「いつか、プライベートで、できれば素敵な殿方とご一緒にって、夢見てましたの。 三笠さんには、無理にお付き合いさせてしまって申し訳なく思っています」
ワインで染められたピンク色の頬が、キャンドルの炎に照らされて、何気ない仕草がなんとも言えず色っぽい。
これが、濡れねずみになっていた鈍くさい年増女か?
俺は、さらに清香に興味を持った。