部屋の中には、道明寺さんとつくしさん、家元と松岡先生、美作さんと花沢さん、そして一馬と私。
誰も口を開かず、気まずい雰囲気だけが流れていく。
どうして、私はここにいるんだろう?
これから、何が始まるんだろう?
静けさの中で、自分の置かれている状況がわからず、私はぼんやりと考えていた。
その静寂さを破ったのは、ドアの向こうの使用人さんの声だった。
「旦那様、奥様。 樹様がお戻りになりました」
いつきさま?
「急にどうしたのかしら? 樹が戻ってくるなんて」
不思議そうに呟くつくしさん。
家元と美作さんは、驚きを隠せない様子。
少し青褪めている一馬。
松岡先生も心配そうに私を見ている。
ただ、花沢さんだけが落ち着いていた。
道明寺さんを除いた人達の表情からもただ事ではないことがわかる。
「俺が呼んだ」
ずっと黙っていた道明寺さんがつくしさんの疑問に答え、「この部屋に通せ」と使用人に命じた。
「司?! 樹をNYから呼び寄せたの?」
これ以上はないくらい、目を見開くつくしさんの問いに、道明寺さんは今度は答えなかった。
コンコン。
ドアをノックする音と共に聞き覚えのある声がする。
「樹です。 ただいま、戻りました」
「あぁ、入れ」
短く一声だけ言う道明寺さんの顔は厳しく、隣りのつくしさんの表情は不安そうだ。
「親父! 急に日本に帰ってこいって、何か急用なのか?」
ドアから入ってきた人物の顔を見て、驚きのあまり、私は言葉を失った。
目の前には、会いたかったはずの愛しの人。
樹?
どうして、樹がここにいるの?
樹の視界に私と一馬は入っていないようで、「F4が揃い踏みなんて、何かあったのかよ?」なんて呑気に聞いている。
どうして? どうして?
樹は"牧野 樹"で"道明寺 樹"じゃない! ……あっ。
『つくしの旧姓が"牧野"で……』
昨夜の美作さんの言葉が思い出される。
「……一馬……? これ……どういうこと……?」
うまく息ができなくて、声が擦れてしまう。
私の声に、樹がゆっくり私のほうを振り向いた。
「麗……?」
「樹? こちらのお嬢さんを知っているのか?」
道明寺さんの厳しい顔と低い声に樹の表情も険しくなる。
「えっ? ええっ、まぁ……大学が一緒だったから……」
「そうか。 今日は、俺に相談があるとお見えになっている」
「麗が、親父に相談?」
「あぁ。 恋人にプロポーズされたそうだ」
樹の顔から、血の気が引いていくのがわかる。
「……それで、親父はなんて……?」
「あっ? 断れって言うつもりだ」
「……どうして?」
刺るような道明寺さんの視線に耐えきれないのだろう。
道明寺さんから目を反らして、樹が呟いた。
「……どうして?」
「ああっ? どうして? 相手の男が気に入らないだけだ」
道明寺さんの答えには、樹はもちろんのことつくしさんも皆、驚いている。
「俺は、麗を娘のように思っている。 ロクでもない男のところには嫁に出せない」
私の思考もショート寸前だった。
「樹、お前には関係のないことだろ?」
「なっ!」
まだ樹が何か言いたそうに、道明寺さんを見ている。
「……私は……あなたを……知らない……」
「麗!」
樹が青褪めたまま、私のほうに振り返った。
何故? 私の結婚のことで樹と道明寺さんが言い合っているの?
一馬も不安そうに私達を見ている。
「……私は……道明寺さんの……息子さんなんて……知らない……」
そう、私が知っている樹は、大財閥の跡取息子なんかじゃない。
私の知っている樹?
私が樹のこと、何を知っていると言うの?
やっぱり、私は樹のこと、何も知らなかったんだ。
こんな形で知らされるなんて……。
樹が何かを話しかけているけど、頭の中が白くなっていく。
樹の声が遠くなったとき、私は意識を手離していた。