樹との出会いからつき合うまでを一度に喋った私。
窓の外は、すっかり暮れていた。
はぁ〜と大きな溜息をついて、頭を抱えているつくしさん。
道明寺さんは、難しい顔して、何か考えている。
「まったく、いつの時代も嫌な女っているのね。 浅井達を思い出すわ。 つき合い出してから、嫌がらせとかなかったの?」
「彼とは、学部も違ったので、構内で顔を合わせることは少なくて。 一馬以外につき合っていることを知っている人もいなかったので、嫌がらせはありませんでした」
「そう……。 デートは?」
「2年になったら、お父さんの会社の仕事を始めたので、仕事帰りに私のアパートに寄ってくれて、一緒に食事したり……」
心なしか、道明寺さんの眉間に筋が見えるんですけど……気のせい?
「それで、彼はNYに行ったのよね? 理由は聞かなかったの?」
「3年のとき、NYの大学に編入したんです。 NYに行くことにしたって言われた時、彼には決められたレールがあって、NY行きもその一つだと思い、何も聞きませんでした」
「……決められたレール、ね……」
つくしさんは、また一つ大きく溜息をついた。
「二人で結婚の話とかしなかったの?」
「大学院に進んだ時、卒業したら結婚するって。 そして、一昨日の晩に卒業が決まったから、NYに来いって言われたんです」
「NYに来い……ね……」
「……昨夜、花沢さんに自分の気持ちが不安なんだろって言われて、改めて彼とのことを考えました。 私は、彼のこと何も知らないのに気付いていない振りをして、彼のこと何も知ろうとしなかった……」
道明寺さんもつくしさんも呆っ気に取られている感じ。
そりゃ、そうだよね。
4年もつき合っていて、結婚まで約束した相手のこと、何も知らないなんて。
間抜けすぎて、笑いも出ない。
「お前、警戒心がなさすぎだ! 良い知りもしない男を部屋に入れて! 変な男だったら、どうするんだ?!」
道明寺さんの怒鳴り声に、体が硬くなる。
「……で、でも……」
「でも?」
うっ! 道明寺さん……怒ってる……。
そ、そんな低い声で……睨まないで下さい……。
「……一馬の幼なじみで、幼稚舎から英徳なら……変な人ではないと……」
「そんなもん、わからんだろが!!」
ひぇ〜、道明寺さんって怒ると怖いんだ……。
「司! そんなに怒らなくても……。 麗ちゃんが脅えちゃうでしょ」
いえ、道明寺さんのお怒りは、ごもっともな訳で……。
「ねぇ、麗ちゃん?」
つくしさんが、正面から真っ直ぐな視線を向けてくる。
「知らないまま、終りにしちゃうつもりでしょ? それでいいの?」
つくしさんの言葉は、言い方こそ優しかったけど、かなり胸を抉られる。
樹のこと、何も知らないって気付いた時、私はもう先がないと決めつけてしまった。
樹がNYに行った時のように、何も聞かぬまま納得しない自分を誤魔化して、逃げ出そうとしている。
「これからでも、遅くないんじゃない? 不安の芽を一つ一つ摘み取っていけば。 きちんと話し合わないと、何も解決しないと思うわ」
そうだ……。
私は、一度も樹と向き合おうとしなかった。
心の中に蟠りを抱えても、"樹の宿命"に逆えないものと決めつけていたのかもしれない。
本当に、まだ遅くない?
カチコチ、カチコチ。
部屋の中は、静寂さに包まれて、時計の音だけが響いている。
声を出すことさえ憚れてしまう。
静寂を打ち破ったのは、廊下の騒がしさだった。
急に廊下のほうが騒がしくなった。
なんだろうって思ったら、いきなりドアが開き、一馬と引き摺るように家元が息を切らして飛び込んできた。
「司!」
その後から、美作さんと花沢さんが。
「司! つくし! ……昨夜の話だけど……すまない、うちのバカ息子が……って、麗ちゃん?!」
「麗?!」
家元と一緒に一馬も私を見て驚いている。
「麗? どうして、ここに?」
「うん……樹とのこと、道明寺さんに相談しようと思って……」
「司おじさんに?!」
一馬の顔が引き攣っていく。
さらに遅れて入ってきた松岡先生も心配そうに私を見ている。
「司…?」
何かを言いたげに、心配そうに道明寺さんを見ている家元。
「心配するな、総二郎」
道明寺さんの低い声が、これから起きようとしていることの重大さを表わしている気がした。
「あきらも、類も……わかっているから、大丈夫だ」
いったい、何が起きるんだろう。
想像がつかないよ。
でも、ものすごいことが起きるような気がする。
そして、この後起こったことは、想像を絶するものだった。