看護師 求人 動物 霊園

Act 15

将来を考えていない私と未来が見えないと悩む一馬。
私にとって転機になった言葉。
"『私なんか』を『私にだって』って変換できたら、あなたにできないことはない"
『……松岡優紀って、そんなこと書いているのか……』
電話の向こうで、一馬は言葉を失っていた。
この言葉が、一馬にとっても、そして樹にも転機のきっかけになるとは、この時は知らなかった。
『なぁ? 樹から連絡とかあるか?』
なんで急に樹のことなんか言い出したのか、わからない。
そりゃ、携帯の番号もアドレスも教えたけど、一馬以外に樹との接点なんかないし。
「樹? 休みに入ってから連絡もないよ。 雅さんとのデートで忙しいんじゃない?」
一馬に樹を紹介された時、樹には高校時代からつき合っていた早乙女 雅という恋人がいた。
私も一度だけ会ったことがある。
私の印象は"地味な人"。
悪い人ではなかったけど、友達にはなりたくないタイプだった。
何に対しても無関心で、話が合わない。
人に依存しているっていうか、自分からは行動を起こさない人に感じられたのだ。
実際、この電話の後、雅さんに頼られた一馬は、気の毒だけど大変な目に合ったらしい。
『まぁ、樹も将来について悩んでいるみたいだから、いつか相談に乗ってやれよ』
「樹の相談に乗るほど、私達親しくないから」
そう、あの頃の樹は、一馬の友人というだけで、まさか、この時のやりとりが樹が雅さんと別れ、NYに行くきっかけとなり、私と大きく関わることになるなんて。
そして、私達の関係が変わる事件が起きたのは、新学期が始まって、少し経ったころだった。
夏休みの前は、樹と過ごす時間などほとんどなかったが、新学期が始まると3人でいることが多くなった。
樹は、軽くウェーブのかかった黒髪に切長な目にモデル張りの容姿。
一馬は、栗色のストレートヘアに、大きな目。
こちらもモデル並の容姿。
社長の息子と茶道の次期家元。
この人並はずれた美形と肩書の二人と一緒にいるだけで目立ってしまう。
日に日に、刺すような視線が痛い。
周りの女の子達も黙ってはいなかった。
ある日、パティオで数人の女の子達に囲まれる。
服装、持ち物から、私と同じ外部入学者でないことは一目瞭然。
「私に、何か用?」
こんな女達に関わっていたくないのよ!
「いつもF4Jrと一緒にいるけど、どういうつもり? あの方達は、あなたのような一般人が簡単に近づけるような人達じゃないのが、わからないのかしら?」
リーダー格の思ぼしき女が口を開く。
「あなた達には関係のないことでしょ?」
無視して立ち去ろうとした私の肩を掴む女。
「二人とも中等部のころから女の子を近づけなかったのに、あなたはどんな汚ない手を使って二人に取り入ったの?」
後にくっついていた別の子も、勢いをつけたとばかりに、がなっている。
どうして、私がこんなこと言われなくちゃいけないのよ!
まったく、どこにでもいるのよね……こういう嫌な女って。
本当は言い返したかったけど、こんな低俗な女達と同じレベルにはなりたくなかったから、私は無視し続けた。
もぉ、私の平穏な大学生活を返してよ!
樹と一馬に対して、そう心の中で叫んでいた。
私が黙っていることをいいことに、次々と嫌味を並べる女達。
握った拳に力が入る。
我慢も限界って思った時、私の背後から低い男の声がした。
「俺の女に、何か用?」
振り返らなくても、その声の主が樹であることがわかる。
「あんたら、俺の女にイチャモンつけるって、俺を敵にまわすってこと、わかっているんだろうな?」
さらに低い声で告げる樹。
「ち、ちょっと、樹。 やめてよ」
睨みつけた樹から逃げるように、まだ何かを言いたげな顔でパティオを離れる女達。
そして、残された私と樹。
いったい、なんだったのよ!
怒りが抑まらない。
でも、樹に助けられたってことね?
「あ、ありがとう。 でも、俺の女って……やめてよね。 誤解されると後々面倒なんだから」
「別にいーじゃん」
「あのね! 樹が良くても、私は良くないの! あーゆー人達に関わりたくないんだから」
「誤解じゃなきゃ、いいんだろ?」
私の唇に樹のそれが重なった。
な、なに?
「ち、ち、ちょっと……、な、なにするのよ!」
「はぁ?」
「だ、だって……今、キスしたでしょ!」
「好きな女にキスして何が悪い?」
何でもないことって顔して、なんてこと言うのよ、コイツは。
「な、なに言っているのよ! 冗談はやめてよね!」
「麗? 俺のこと嫌い?」
さっきまでの自信満々な態度とは別人のように、切なそうに呟く樹。
そんなこと言われても困るよ……。
切なそうな顔して言わないで!
ドキドキするじゃない。
「嫌いじゃないけど……」
「じゃあ、決まりだな」
決まりって、勝手に決めるなぁ!
「はぁ?」
もう一度キスされて、何も言えなくなってしまった私。
さっきよりも優しく情熱的なキス。
重なった唇が離れた時、樹の子供のような笑顔に胸がトキめいた。
この時、私は樹に恋したんだと思う。
こうして、私達の関係が始まった。

( 2006/12/20 )

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