迷いのないつくしさんの瞳に映し出される道明寺さんへの愛。
私が抱えている不安とは次元が違う。
「麗ちゃんは、彼と離れていることが不安なの?」
「離れている実感がないって言うか……」
「何が不安なの?」
「仕事を辞めてNYに来いって言われた時、彼の決めたことを受け入れてない自分に気がついたんです」
「それが不安の原因?」
「なんでも彼が一人で決めてしまう。 付き合い出した時も、NYに行った時も、彼が決めたことに従うだけ」
「仕事を辞めてNYに来い……か。 まるで司みたいね」
「……道明寺さんですか?」
「俺がどうしたって?」
ぎゃあ!
いきなり道明寺さんが現われて、息が止まりそうになった。
ええ?? まだ夕方の5時を過ぎたばかりだよ?
秒単位でスケジュールをこなす立場の人が、こんな早い時間に帰宅なんてあり得ない。
まさか、私のため?
「お帰りなさい、司。 早かったのね」
「ただいま」
そう言ってつくしさんに優しくキスをした。
私がいるのにキスをしている。
はぁ〜、昨夜からお熱いところを見せつけられて、言葉を失ってしまった。
見ている私のほうが照れちゃうよ。
「司、麗ちゃんが驚いているわ。 早く着替えてきたら?」
道明寺さんが部屋から出ていくと、つくしさんが悪戯っぽくウィンクする。
「ビックリした?」
ビックリしない訳ないでしょう?!
冷静沈着で、日本の財界を背負う経済界のトップリーダーと言われる男。
そんな人が人前で奥さんとキスするなんて。
ギャップありすぎだよ!
「あっ……、私の知っている道明寺さんとは別人みたいで」
「別人かもよ、ふふふ」
別人か……。
「つくしさんと道明寺さんって、仲が良いんですね」
「私も結婚するまで人前でキスをするなんて考えられなかったのよ」
「えっ? 結婚して、何かが変わったんですか?」
「ん……、変わったと言うより、振り出しに戻ったて感じかしら?」
振り出し?
私には、つくしさんの言葉が理解できない。
きっと、不思議そうな顔して考え込んでいたのかな。
つくしさんは、くすくすと可笑しそうに、私を見ていた。
「待たせたな」
私の思考を遮るように、着替えを済ませた道明寺さんがつくしさんの隣りに座った。
「昨夜はすみませんでした。 私、酔っぱらっちゃって……。 道明寺さんの顔に泥を塗ったんじゃないでしょうか?」
「気にすることはねぇ」
いつものスーツ姿じゃなくてカジュアルな服のせいか、道明寺さんの表情が見慣れているものと違う。
端整な容姿は変わらないのに、いつもの強烈なカリスマ性を感じない。
目の前にいるのは、財閥の総裁でもなんでもない『ただの男』。
昨夜もそうだったけど、つくしさんといると道明寺さんって『ただの男』になっちゃうんだ。
普段なら道明寺さんと一緒にいると少なからず緊張するのに、今はこの空間が心地良い。
二人を見ているだけで幸せな気分になれる。
私も樹とこんな夫婦になれたら良かったのに。
もう遅いかな……。
「で、何が俺みたいなんだ?」
「麗ちゃんの彼氏はね、なんでも一人で決めちゃうんだって」
意地悪っぽく微笑むつくしさん。
「強引なところが司みたいでしょ?」
道明寺さんは照れたようなバツの悪そうな顔をしている。
「おい……まだ根に持っているのか? 30年も前のことなのに」
呆れたようにつくしさんを見ていた。
二人の間に何があったかわからないけど、もしかして、つくしさんも私と同じ思いをしたのかな?
「司の我がままで俺様のところは、今でも変わらないでしょ?」
「余計なことを言うな!」
拗ねた道明寺さんって……激レア?
俺様か……樹にもそういうところあるかも。
樹って道明寺さんに似ているような気がする。
道明寺さんとつくしさんに、樹と私を重ねてみた。
自分自身に結婚願望があるとは思わないけど、二日前まではこういう結婚生活を夢見ていたのに……。
ううん、今も夢見ているんだ、きっと。
まだ、やり直せるチャンスはあるんだろうか?
「ところで、俺達に相談って、昨夜話していたプロポーズのことか?」
ふいに声かけられて、直視したくない現実に引き戻された。
「相手は、どんな男なんだ?」
「一馬の幼なじみとして大学1年の時、紹介されました。 第一印象は最悪だった。 すっごくエラそうで。 一馬もそうだったけど」
道明寺さん達が顔を見合わせている。
「我がままで強引で、だけど本当は心の優しい人です」
樹のことを、こんなふうに誰かに話すのは初めてで、少し照れくさい。
いったい、私はどうしたいんだろう。
道明寺さんとつくしさんから、どんな答えを待っているんだろう。