私に会うことを楽しみにしていていたと言うつくしさんの言葉に、背筋が冷たくなるのを感じる。
「私の若い頃に似ている女の子がいたって、すごく機嫌の良い日があってね」
「も、もしかして…?」
優しく微笑んでいるけど、それって、あの日のこと?
「それって……パーティの日のことですか?」
「ええ。 慣れないパーティで怒鳴られて脅えた姿に30年前の私を思い出したって。 会場から連れ出したんですってね」
「30年前の……つくしさん?」
「司の18の誕生パーティで初めて会ったお義母様の凄みに脅えちゃってね。 司に引き摺られるように、その場から逃げ出したの」
懐かしそうに笑っているけど、私のほうは冷や汗が出そう……。
「あの時は、いきなり怒鳴られて、どうしていいのかわからなかったから……。 思い出すのも恥ずかしいです」
「大丈夫ですよ。 慣れちゃえば、パーティも怖くないから」
「はは……、そんなもんですか……?」
笑い方が引き攣っている、私……。
「それから、麗ちゃんと食事に行った日は、司の機嫌が良くてね。 私達に娘がいたらっていつも麗ちゃんのこと話してくれたの」
「道明寺さんとつくしさんが親だったら、すごく素敵ですよ」
「あら、そう? 息子は嫌がっているけど?」
「贅沢ですね」
「うふふ、誰に似たのかしら?」
おどけて道明寺さんを腐肉るつくしさんに、今まで以上の親しみを感じた。
「パーティに出る機会もないし、慣れることもないような気がします」
「あら? 麗ちゃんの彼氏さんはJrだって聞いたけど。 パートナーになることもあるでしょ?」
「仕事のことは良くわからないので」
道明寺さんと初めて会ったパーティで樹に似た人を見かけたけど、樹がそういう所に出たなんて聞いたことない。
私って、本当に樹のこと知らないんだなぁ……。
「結婚したら、パーティに出る機会も増えるから、すぐ慣れるかもね」
「パーティは苦手です」
大袈裟に溜息をつきながら呟く私に、「私もよ」っと、肩を竦めておどけたように微笑むつくしさん。
だけど、その顔に陰りが見えた気がする。
まずいこと言っちゃったかな……。
真っ直に向けられるつくしさんの視線が痛い。
一瞬の沈黙だったのに、すごく長く感じた。
「麗ちゃんは、結婚に迷いを感じているみたいだけど」
「……はい」
つくしさんは、また何かを考えている。
その沈黙の時間が怖くて、私が聞きたかったことを思いきって尋ねた。
「つくしさんは、道明寺さんと結婚する時、迷いはなかったんですか?」
「私?」
「だって、世界でも有数の財閥の御曹司との結婚なんて、いろいろ大変そうじゃないですか?」
「そうね……。 大変だったけど自然の流れだと思ってたわ。 私より司のほうが大変だったと思うし。 結婚を反対されないように6年も頑張ったから」
『自然の流れ』という言葉の持つ重み。
二人で生きていくために過した6年という月日に、さらに重みが増す。
それに比べて、私は樹のことを何も知らずに、二人のために何もせず、4年という月日を過してた。
「昨夜、私に離れていて不安じゃなかったのか、そう聞いてたわね?」
つくしさんは不安だったと答え、その答えに道明寺さんはショックを受けていた。
「私の答えは意外だったみたいだけど」
「はい……。 なんとなく……」
そう。
つくしさんが不安だった理由が、道明寺さんに対する自分の気持ちだったと聞いて、私はビックリしたのだ。
「相手の心変わりを心配するならわかるけど、自分の気持ちに不安になるなんて……」
「司の熱愛報道は毎週のように伝えられたし、そのお相手も毎回違うし。 政略結婚の噂も絶えなかったから、考えてもキリがなかったのよ」
道明寺さんが高校時代からF4と騒がれ注目の的だったことからも、想像できる。
「それでも、道明寺さんを信じていられたんですね?」
「司は、私が幸せにしてあげたいと思った唯一の人だった。 だから、"二人で生きていくため"、それだけを考えて、お義母様に出された課題を熟すことで精一杯だったの」
二人で掴んだ幸せか……。
「私と司の間で"結婚"って言葉が出たのは、17の時だったわ」
「17才?」
「優紀が言っていたでしょ? 女の子なら誰だって結婚に夢を持つと同時に不安を抱えるって」
「……はい」
「まだ高校生だった私には結婚への夢もなければ不安もなかった。 だって、結婚そのものが考えられないでしょ? それなのに『俺ら結婚しねえ?』って司に言われた時は、"また道明寺が馬鹿なこと言ってる"ぐらいにしか思えなかったの」
笑いを堪えながらも懐かしそうに話すつくしさん。
美作さん達から聞いた道明寺さんとつくしさんの恋愛話は、ジェットコースターみたいで劇的でロマンチックで、だけど切ない恋。
「私の家はね、普通のサラリーマン家庭で、けして裕福じゃなかったし、英徳に行けるような家じゃなかったの。 それに比べて、司は財閥の跡取として育って、
二人が釣り合わないことは一目瞭然だった。 今なら、あの時お義母様が反対したのも理解できるけど、まだ幼かった私達は"好きだ"と言うだけで一緒にいたいと思ってたのね」
インタビューの時、「俺達は若い頃いろいろあったから」そう言った道明寺さんの気持ちが理解できる気がする。