窓から差し込んでくる朝日が眩しくて、私は目が覚めた。
あっ……着替えないで寝ちゃったんだ。
体が重い。
頭もボーとする。
二日酔いなのかな……。
このまま出勤しても仕事になりそうもない。
会社に電話して、昨夜アポが取れたことと有休を使って休むことを伝える。
電話口でもわかるくらい興奮している編集長がアポのご褒美とばかりに、いつもなら渋る有休を認めてくれた。
電話を切ると、ため息が出た。
体中に纏わりつくどんよりとしたものを洗い流したくて、熱めのシャワーを浴びる。
まだ不快感が残るけど、すこしさっぱりした体を風に晒した。
ブラックコーヒーの苦さが、何処か心地いい。
ベランダでコーヒーを飲みながら、ぼんやりと昨夜のことを考える。
道明寺さんに連れていかれたお店で、尊敬する松岡先生に会うことができた。
一馬に会ったのは1年ぶり。
英徳伝説のF4にも会った。
松岡先生が一馬のお母さんだなんて、本当にビックリ。
驚くことが多すぎだよ。
そして……。
一馬が余計なこと聞くから、樹からのプロポーズのこと、つい喋っちゃったんだっけ。
道明寺さんとつくしさん。
一馬の両親。
どちらを見ても、結婚も悪くないと思えた。
やっぱり、プロポーズされたのがうれしかったのかな……。
道明寺さんと出逢う前なら、そのまま結婚していたと思う。
それまでの私は、与えられた仕事だけをこしていくだけで、そこにやり甲斐を感じていなかったし。
だけど、今は意識も変わった。
アシスタントから昇格して最初の仕事は、新しい雑誌。
次々と創刊されては消えていく昨今、創刊号には強烈なインパクトが要求されている。
生き残るためにも。
「何を目玉に持ってくるのか!」
連日の編集会議でも様々なアイディアや企画が出されるが、どれも一長一短で決め手に欠ける。
「誰か、財界にコネでもね〜のかよ?」
編集長がヤケクソ気味にいった言葉に、私ははっとした。
『俺には息子しかいねーけど、娘ってのもいいもんだな。 甘い父親になっていたんだろうな、俺って。 よし、麗の頼みなら何でも聞いてやる!』
何度目かの食事の時に道明寺さんが言ってくれたことを思い出す。
私が頼んだら引受けてくれるかもしれない。
道明寺司が雑誌のインタビューを受けることは皆無で、話題性でもインパクトがある。
道明寺さんの好意を利用するみたいで、イヤだけど、このチャンスをモノにしたい!
私は、恐る恐る口を開いた。
「あの〜。 道明寺司氏にインタビューを申し込もうと思っているんですけど……」
会議室にいた全員の目が点になる。
「バカヤロ〜!」
編集長の怒声が部屋中に響いた。
「バカも休み休み言え! 受ける訳ねーだろ!」
「申込んでみなければ、わからないじゃないですか?」
「香山……。 やめとけ。 お前、まだ道明寺司のことわかっていないのか?」
……わかっていますよ。
あのパーティの後、大杉先輩、あなたに5時間も道明寺司なる人物について説教受けたんですから。
でも、チャンスを逃したくない。
「やってみないとわからないですよ! お願いです。 やらせて下さい」
部屋中が沈黙の空気に包まれた。
「……やるだけやってみろ! ただし、道明寺司を怒らすようなことになったら、クビになる覚悟はしておけ!」
「はい!」
すぐ電話で取材を申し込んだら、道明寺さんは二つ返事で了解してくれた。
初めて自分の企画が通ったうれしさと、「がんばったね」って褒めてほしくて、樹にメールした。
私からのメールなんて読んでいないかも。
そう思っていたから、取材前日の電話はものすごくうれしかった。
そして樹からのプロポーズ。
うれしかったはず。
なのに、素直によろこべない。
少し考えて、電話のダイヤルをプッシュした。
「ビジネスライフの香山と申します。 道明寺社長にお取り次ぎ願いますか」
受話器を強く握りしめる私。
道明寺さんに電話する時は、何度かけても緊張する。
今日はいつにも増して緊張している。
私がこんなに緊張しているのは、これから話そうとしていることが仕事のことじゃないからだ。
心のどこかで、電話にでなければいいと願っている。
忙しい人だもの、会議中かもしれない。
わずかな時間さえも長く感じられ、保留音が遠ざかっていく。
私はこれから何をしようとしているのだろう。