「プロポーズ?!」
一馬が大きな声で聞き直すから、私たちはあっと言う間に美形集団に囲まれた。
特に滋さんと桜子さんは、目をランランと輝かしている。
「迷っているんだ?」
桜子さんの問いかけに、私は縦に振るしかできなかった。
その私の隣りで一馬が頭を抱えている。
「麗ちゃんは、彼のこと好きなんでしょ?」
「好きですけど……。 いきなりNYに来いって言われても……」
「NY?!」
「私達、遠距離恋愛なんです。 つき合いはじめてすぐ、彼はNYに行っちゃって」
「どっかで聞いたことある話だね?」
美作さんと滋さんがニヤニヤしている。
ワイドショーのレポーターさながらに、次々と質問が飛んでくる。
「NYで何しているの?」
「今は大学院に行きながら、お父さんの会社で働いているって」
「ふーん、麗ちゃんの彼氏もジュニアか……」
「多分……。 幼稚舎から英徳だって言っていたから」
「多分って、麗ちゃん、聞いてないの?」
滋さんがとても不思議そうな顔をする。
「彼はあまり家のこととか話したがらないし、私も彼が話さないことは知る必要もないかって、あの頃は思っていたから」
「だからって、親父の会社の名前くらいは聞いているんだろ?」
「……聞いてません」
「麗、お前、悪酔いしている……送っていくから……」
一馬が、私の言葉を遮ぎるように席を立つ。
「彼からNYに行く理由も聞かされなかったし、NYに行ってしばらくして『大学に行きながら親父の会社で働いてる』って連絡があっただけで……」
「麗、この話は今度ゆっくり聞くから。 なっ」
この時、こんなに慌ててる一馬におかしいと感じていたら、あんな辛い思いをしなかったのかもしれない。
いつもながらの鈍感さとお酒のせいで、私には周りの空気が読めなかった。
「彼が卒業したら……それが二人にとって暗黙の了解になっていました。 だけど……」
「麗ちゃんは、"卒業"の日を待っていたんだね」
「だけど、結婚って言葉が出たら、社長の息子とOLじゃ釣り合わない、とか、彼の親に反対されるかも、とか考えちゃって」
「なんか、司達のことを思い出すな……」
美作さんがポツリと言う。
「道明寺社長達……ですか?」
「財閥の跡取息子と庶民の娘。 司のかぁーちゃんに反対されて……」
道明寺さんのお母さんに反対されて、何度も引き裂れたこと。
6年も遠距離恋愛していたこと。
美作さんが二人のことを話してくれた。
インタビューの時、道明寺さんが言っていた「俺達は若い時、いろいろあったから」という言葉の意味を少し理解する。
「麗ちゃんは、不安なんだな」
美作さんは"もっともだ"って顔で、「でも、どうにかなるんじゃん? 司のところも総二郎のところも結局はうまくいってる訳だし」、そう言って微笑んだ。
「好きなら、迷わずついていけばいいんじゃないかな」
滋さんの言うこともわかるけど……。
「美作さんも滋さんもわかっていない」
突然、松岡先生が強い口調で、二人を制した。
その様子に、一馬も家元も驚いている。
「女の子なら誰でも結婚に夢を持つものでしょ? でも、現実には夢のようにはいかない。 女は結婚によって、いろんなことが変わるのよ。 それだけだって不安なのに、知らない世界の人との結婚に不安がない訳ないでしょ」
松岡先生の言葉には大きな山を乗り越えた人だけが持つ重みがあった。
「麗ちゃんが迷うのも無理ないの。 美作さんも滋さんも、無責任なことは言っちゃいけないわ」
「優紀の言う通りだよ」
家元が言葉を引き取る。
「俺と優紀だって最初からうまくいっていたわけじゃない。 優紀の努力は、並大抵のものじゃなかったし。 優紀だけじゃない。つくしだって、滋にはわからないような苦労と努力で、ここまで来たんだ。 俺たちは、優紀の不安を一つ一つ解消しながら、二人で迷いながらやっとたどり着いたんだ。 なんとかなるじゃなくて、なんとかしてきたんだよ」
「つくしさんは不安じゃなかったんですか?」
ふと、私からこぼれた言葉。
『不安』
今の二人からは不安なことがあったとは想像できないのに、何故か、自分が抱えている想いをつくしさんなら理解してくれるような気がした。
「もちろん、不安だったわよ」
つくしさんの言葉に、松岡先生と花沢さん以外は"意外"という顔でつくしさんを見た。
一番驚いていたのは道明寺さんだった。
「お前、不安だったのか?」
普段は自信に満ちてる道明寺さんの顔に浮ぶ戸惑いの表情。
「そんなこと一言も言ってなかっただろ……」
「だって、余計なこと言って司に心配かけたくなかったんだもの」
拗ねた口調でおどけるつくしさんを戸惑いのまま見つめる道明寺さん。
「牧野は……」
それまで何も言わなかった花沢さんが口を開いた。
「牧野には……司に対する自分の気持ちが変わってしまうんじゃないかって不安があったと思うよ」
「やっぱり花沢類には ばれていたのか?」
「司と牧野の間で愛情が冷めることはない。 二人はもちろん、俺らもわかっていた」
家元達も頷いている。
「だけど、離れていることに慣れすぎて"共に生きる"ってことを忘れることが、あの頃の牧野には一番不安だったと思う」
そして、花沢さんは私の正面にきて、ビー玉みたいに澄んだ瞳で私を見つめると、「……多分、今のあんたも自分の気持ちが不安なんだろ?」、そう言った。