一つ深呼吸して、私は用意していたメモを見ながら、インタビューを始めた。
それに受け答えする道明寺司の姿は、今まで何度か見ているはずの彼の姿とは違っている。
端正な顔立ちに、クセのある黒い髪。
涼しい目元に、はっきりとした意志を映す瞳。
人を魅了するカリスマ性。
大財閥の総裁としての威厳。
まるで芸術作品だよね。
若かった頃は、かなり粗暴だったと聞いたことがある。
だけど、今私の目の前にいるこの人からは、とても想像できない。
難しい経済用語をやさしく解説しながら、丁寧に受け答えする姿は、紳士そのものだ。
初めてのインタビューで緊張しているはずなのに、こんなこと考える余裕があったんだ?
私にも。
「それでは、最後に」
ちらっと時計に目をやり、無事インタビューを終わらせることに安堵して、最後の質問をする。
「激務続きの毎日で、パワーを持続できる秘訣を教えて下さい」
「はは、秘訣なんてものはない。 ただ、家に帰れば、つくしがいるから……」
照れ笑いを浮かべて、ポツリとつぶやく姿は今までに見たことのない道明寺司だ。
ん……誰かに似ている。
さっきも思ったけど、誰に似ているんだろう。
「つくし……さん?」
「ああ、妻だ」
「ええー? 社長からそんな言葉が出るなんて」
なんか……すごくビックリした。
私の目の前にいるのは、本物の道明寺司なの?
さらに照れくさそうに笑ってる。
「パワーの源は?って聞かれたら、つくしの存在以外考えられない」
「意外な答えにビックリしました。 でも、なんか素敵かも〜」
思わず、うっとりしちゃった。
「俺達は若い頃いろいろあったからな……なおのことだ」
ふっと、それまでの経済界トップの顔から、どこにでもいる男の顔に変った。
この天下の道明寺司を、「ただの男」にしてしまう……どんな人なんだろう?
つくしさんって。
しばらく考え込んで、うっとりしている私に優しく微笑かけて、彼は言う。
「今夜、連れて行きたいところがある」
突然の誘いに、私、かなり間抜けな顔していたと思う。
も、もしかして……道明寺さん、笑いを堪えてる?
「驚くな。 ガキの頃からのダチと食事をするだけだから」
「わ、私なんかが行ってもいいんですか?」
顔の引きつりが戻らない。
「くくっ。 皆それぞれ財界じゃ名も通っているし、麗の役に立つぞ」
確かに、道明寺社長からの紹介ならアポは取り易いけどさ……。
今までだって、何度も食事に行っているけど、それは仕事の延長みたいなもので。
でも、今日はプライベートの食事に一緒に行けって言っている訳で。
「おい! 何一人でぶつぶつ言ってるんだ? 変な奴だな」
「だ、だ、だって……」
思考回路がショート寸前で、言葉にならない。
「仲間内の集まりだから、心配するな」
「い、いや……でも……」
「つくしも麗に会いたがっているし……な」
「お、お、奥様が??」
な、な、なんで私のこと知ってるのよぉ〜?
でも、会ってみたい気もする。
私ってミーハー??
もしかして、道明寺さんとの初対面の時のことも知っているのかな……。
「あのパーティの時のこと話したら、麗に会いたいってさ」
くくっと、私の心の中を見透したように笑う顔は、まるで少年のようだ。
一人でパニくっていると、コンコンとドアをノックする音が聞える。
「社長、そろそろお時間です」
彼の秘書がドアの向こうで声をかけた。
「よし、続きは次回にしよう」
「ありがとうございました。 次回は、カメラマンも同行しますので、よろしくお願いします」
出来るだけ、動揺を押さえて、思い切り立ち上がり、深々と顔を下げた。
「6時に会社に迎えに行くからな」
「ち、ちょっと待って……」
私の声なんか聞いてないって感じで、自分の言いたいことだけ言い残してドアから外へ出ていく彼の後姿を呆然としたまま、見送るしかない。
ボーとしたまま、会社に戻った。
今日の出来事を頭の中で考えてみる。
今日誘われたのは、プライベートの集まりなんだよね?
奥さんまで私に会いたいって、どういうこと?
同い年の息子がいるって言ってたけど、まさか「息子の嫁に」なんて言い出されたり。
あは……あり得ないっつーの。
余りのことに、飛躍し過ぎた。
ぶんぶんと頭を振って、ありえない妄想を否定する。
なんか、今日は、頭を振ってばかりだ。
だけどいやな予感がする。
何か思ってもみないことが起きるような気がする。
いや……もうこの時には、私の人生の歯車は、少しずつ狂い始めていたのだ。
ただ、私がそれに気がつかなかっただけど。
退社時間まで、あれこれ考えすぎて、仕事が手につかない。