家を出て行けばいい。
そう言ったきり、道明寺さんは部屋を出て行った。
私の結婚に反対って言うことは、樹の結婚にも反対って言うことで。
やっぱり私は、財閥の御曹司の相手に相応しくないってことなんだね。
数時間前、樹が道明寺財閥の跡取だってわかったときから、賛成してくれるなんて思っていなかったけど。
でも、やっぱり悲しい。
「麗ちゃん、気にすることないからな。 司は寂しいんだよ」
美作さんが軽く頭を撫でて、慰めてくれる。
その仕草に、露骨に不快感を表す樹。
「ち、ちょっと、あきらおじさん。 麗に触らないでよ」
「樹…、そんなにニラむな…」
「まったく、お前は司によく似て、嫉妬深いぞ。 ヤキモチな男は嫌われる」
「総二郎おじさんまで!」
樹をからかう二人をよそに、花沢さんは、澄んだ瞳で私を見た。
いつのまに、起きたんだろう。
「心配することないよ。 司は、アンタのこと認めているから」
「えっ?」
「そうじゃなかったら、俺達に会わせたりしないよ。 後は、アンタと樹次第ってとこじゃない?」
「そうだな。 司自身、牧野と一緒になるのに苦労したから、二人のことは、反対しないはずだぜ」
『俺達は若い頃、いろいろあったから』
昨日のインタビューの時、道明寺さん、そう言っていた。
道明寺さんとつくしさんに、何があったんだろう。
「麗ちゃん、知りたい?」
「昨日のインタビューの時も、いろいろあったっておっしゃってて、気になっているですけど…」
「そうか…、司がそんなことを」
家元と美作さん、そして花沢さん。
三人とも、道明寺さんとつくしさんの今までを知っている。
どうして、樹に出て行けばなんて言ったんだろう。
「樹、司と牧野が怒っている理由がわかるか?」
「…そ、それは、俺が麗に嘘をついたからで」
美作さんは、わかってないなと言うように大きく被りを振った。
「じゃ、一馬? お前はわかるか? 言っておくが、お前達がやったことには、俺達も怒っているんだからな」
「なんで、おじさん達まで…」
「自分で考えろ」
怒りの理由が嘘をついたことじゃなければ、本当の理由は?
「あの…、どちらかと言えば、私が被害者なんですけど…、どうして皆さんまで?」
道明寺さんだけじゃなく、家元達まで怒っているのは、どうして?
「麗ちゃんも英徳生だったら、F4のことは知っているよね?」
「F4のことが話題になると、樹の機嫌が悪くなるから、ほとんど知らなくて」
入学式のとき、誰かが言っていたっけ。
「その昔、幼稚舎からの幼なじみで、容姿、家柄申し分なしの四人組がいた。 "花の四人組""Flower Four"そう呼ばれていた伝説の人達。 そのくらいしか知りません」
「まぁ、嘘じゃないな」
「そして、俺達がそのF4」
「昨夜、一馬から聞きました」
「あの頃の俺達は親の財力と権力に任せて好き放題していて、弱い者いじめをして楽しんでいた馬鹿なガキだった」
「弱い者いじめ?!」
「今はそれなりの地位や名声も得て、英徳伝説のF4なんて呼ばれているけど、ガキの頃の俺らはそりゃひどかった」
「そんなぁ…人徳者の家元が…弱い者いじめなんて…」
誰が今のF4にそんな過去があるなんて思うだろう。
「総二郎が人徳者ね…、ぷっ」
「おい、類」
「まぁまぁ、総二郎。 そう言われても仕方がないだろ。 あの頃の俺達は、何もかも諦めて自暴自棄になっていた。 俺達の中でも一番ひどかったのが司だよ」
「司は、いつも何かにイラつき、ケンカに明け暮れた。 気に入らないことがあれば、もう押さえがきかない。 死人が出なかったのが不思議なくらいだった」
「そんな…、今の道明寺さんからは想像もつかないのに」
「…いや、今でも腕力じゃオヤジに勝てねぇ」
「ほら、この傷。 司と最初で最後のマジケンカの時にできた傷だ」
家元の右頬に小さな傷あと。
言われなければわからないような傷だけど、確かに残っている。
「親父と司おじさんがね…」
「それって、牧野が漁村に行った時だよね? 見たかったよ、二人が殴り合ってるとこ」
「おいおい、勘弁してくれよ。 中に入るのは俺なんだから。 あん時は、総二郎も悪いんだぜ。 司をからかうから」
「からかったんじゃねぇよ、俺はだな…」
私に気がついた家元は、言葉を濁しながら苦笑している。
「あの頃の俺達も、樹や一馬と何も変わらない。 誰か、俺自身を見てくれ! そう心で叫んでいた。 だがな、お前たちはまだマシだ。 親の愛情ってモンを知ってる。 司も総二郎もお前たちには十分すぎる愛情を注いだと思うぞ。 牧野や優紀ちゃんの支えがあったとはいえ、親の愛を知らない二人には、大変なことだったと思う」
美作さんの話は、すごく悲しかった。
私は、普通の家庭に生まれ、普通に育ったと思う。
お金持ちじゃないけど、パパやママは優しかったし、家の中には、いつも笑い声があったから。
だけど、ここにいる人たちは、そうじゃなかったというの?
「それに比べて、俺達は親の愛情を知らない。 特に、司は」
「俺たちが始めてこの邸に来たのは、幼稚舎の頃だ。 もちろん、使用人はいたけど、司は姉ちゃんと二人だったんだよ」
「えっ? ご両親は?」
「じぃーちゃんとばぁーちゃんは、NYだよ」
「子供だけを置いて? いくら、使用人がいるからって」
「中等部の時、姉ちゃんが結婚して、ここは司一人になった。 それからだ、司が荒んだのは」
この広いお邸に一人きりって・・・。
「でも、じぃーちゃんもばぁちゃんも優しいぜ。 樹のとこだって」
「変わったんだよ。 俺達も、俺らの親達も」
「雑草根性に負けたんだな」
三人がつくしさんを見ている。
「・・・雑草?」
「土筆って、雑草だろ?」
「そう、牧野が俺達を変えたんだ」
「そんなことないよ 。私は何もしてないって」
「ぷぷっ、俺達に宣戦布告したの、忘れたの?」
イジメの標的になったつくしさんは、道明寺さんにとび蹴りして、言い放ったらしい。
『あんたたちの性根叩きなおしてやる』って。
いまの上品なつくしさんからは、とても想像できなくて。
「・・・麗、あのさ・・・ひとり言・・・」
「ぎゃぁ! また、声に出していた?」
「しっかり聞こえている。 まったく、変なとこ、お袋に似ているんだから」
えへへって、かわいく誤魔化したつもりが、花沢さんのツボに入ったようで、またお腹を抱えて笑い出した。
「言っておくけど、お袋は上品じゃねぇからな。 今でも俺やオヤジをグーで殴るんだから」
「くくっっ、相変わらずだね。 牧野」
「ちょっと、樹。 麗ちゃんの前で、なんてこと言ってんのよ!」
「猛獣使いは、永遠に猛獣使いってことさ」
笑い転げている花沢さんを含め、美作さんも家元も当然のようにしている。
・・・・猛獣使いって・・・。
「そのとき、司は牧野に恋したんだよ」