Act 23

家を出て行けばいい。
そう言ったきり、道明寺さんは部屋を出て行った。
私の結婚に反対って言うことは、樹の結婚にも反対って言うことで。
やっぱり私は、財閥の御曹司の相手に相応しくないってことなんだね。
数時間前、樹が道明寺財閥の跡取だってわかったときから、賛成してくれるなんて思っていなかったけど。
でも、やっぱり悲しい。
「麗ちゃん、気にすることないからな。 司は寂しいんだよ」
美作さんが軽く頭を撫でて、慰めてくれる。
その仕草に、露骨に不快感を表す樹。
「ち、ちょっと、あきらおじさん。 麗に触らないでよ」
「樹…、そんなにニラむな…」
「まったく、お前は司によく似て、嫉妬深いぞ。 ヤキモチな男は嫌われる」
「総二郎おじさんまで!」
樹をからかう二人をよそに、花沢さんは、澄んだ瞳で私を見た。
いつのまに、起きたんだろう。
「心配することないよ。 司は、アンタのこと認めているから」
「えっ?」
「そうじゃなかったら、俺達に会わせたりしないよ。 後は、アンタと樹次第ってとこじゃない?」
「そうだな。 司自身、牧野と一緒になるのに苦労したから、二人のことは、反対しないはずだぜ」
『俺達は若い頃、いろいろあったから』
昨日のインタビューの時、道明寺さん、そう言っていた。
道明寺さんとつくしさんに、何があったんだろう。
「麗ちゃん、知りたい?」
「昨日のインタビューの時も、いろいろあったっておっしゃってて、気になっているですけど…」
「そうか…、司がそんなことを」
家元と美作さん、そして花沢さん。
三人とも、道明寺さんとつくしさんの今までを知っている。
どうして、樹に出て行けばなんて言ったんだろう。
「樹、司と牧野が怒っている理由がわかるか?」
「…そ、それは、俺が麗に嘘をついたからで」
美作さんは、わかってないなと言うように大きく被りを振った。
「じゃ、一馬? お前はわかるか? 言っておくが、お前達がやったことには、俺達も怒っているんだからな」
「なんで、おじさん達まで…」
「自分で考えろ」
怒りの理由が嘘をついたことじゃなければ、本当の理由は?
「あの…、どちらかと言えば、私が被害者なんですけど…、どうして皆さんまで?」
道明寺さんだけじゃなく、家元達まで怒っているのは、どうして?
「麗ちゃんも英徳生だったら、F4のことは知っているよね?」
「F4のことが話題になると、樹の機嫌が悪くなるから、ほとんど知らなくて」
入学式のとき、誰かが言っていたっけ。
「その昔、幼稚舎からの幼なじみで、容姿、家柄申し分なしの四人組がいた。 "花の四人組""Flower Four"そう呼ばれていた伝説の人達。 そのくらいしか知りません」
「まぁ、嘘じゃないな」
「そして、俺達がそのF4」
「昨夜、一馬から聞きました」
「あの頃の俺達は親の財力と権力に任せて好き放題していて、弱い者いじめをして楽しんでいた馬鹿なガキだった」
「弱い者いじめ?!」
「今はそれなりの地位や名声も得て、英徳伝説のF4なんて呼ばれているけど、ガキの頃の俺らはそりゃひどかった」
「そんなぁ…人徳者の家元が…弱い者いじめなんて…」
誰が今のF4にそんな過去があるなんて思うだろう。
「総二郎が人徳者ね…、ぷっ」
「おい、類」
「まぁまぁ、総二郎。 そう言われても仕方がないだろ。 あの頃の俺達は、何もかも諦めて自暴自棄になっていた。 俺達の中でも一番ひどかったのが司だよ」
「司は、いつも何かにイラつき、ケンカに明け暮れた。 気に入らないことがあれば、もう押さえがきかない。 死人が出なかったのが不思議なくらいだった」
「そんな…、今の道明寺さんからは想像もつかないのに」
「…いや、今でも腕力じゃオヤジに勝てねぇ」
「ほら、この傷。 司と最初で最後のマジケンカの時にできた傷だ」
家元の右頬に小さな傷あと。
言われなければわからないような傷だけど、確かに残っている。
「親父と司おじさんがね…」
「それって、牧野が漁村に行った時だよね? 見たかったよ、二人が殴り合ってるとこ」
「おいおい、勘弁してくれよ。 中に入るのは俺なんだから。 あん時は、総二郎も悪いんだぜ。 司をからかうから」
「からかったんじゃねぇよ、俺はだな…」
私に気がついた家元は、言葉を濁しながら苦笑している。
「あの頃の俺達も、樹や一馬と何も変わらない。 誰か、俺自身を見てくれ! そう心で叫んでいた。 だがな、お前たちはまだマシだ。 親の愛情ってモンを知ってる。 司も総二郎もお前たちには十分すぎる愛情を注いだと思うぞ。 牧野や優紀ちゃんの支えがあったとはいえ、親の愛を知らない二人には、大変なことだったと思う」
美作さんの話は、すごく悲しかった。
私は、普通の家庭に生まれ、普通に育ったと思う。
お金持ちじゃないけど、パパやママは優しかったし、家の中には、いつも笑い声があったから。
だけど、ここにいる人たちは、そうじゃなかったというの?
「それに比べて、俺達は親の愛情を知らない。 特に、司は」
「俺たちが始めてこの邸に来たのは、幼稚舎の頃だ。 もちろん、使用人はいたけど、司は姉ちゃんと二人だったんだよ」
「えっ? ご両親は?」
「じぃーちゃんとばぁーちゃんは、NYだよ」
「子供だけを置いて? いくら、使用人がいるからって」
「中等部の時、姉ちゃんが結婚して、ここは司一人になった。 それからだ、司が荒んだのは」
この広いお邸に一人きりって・・・。
「でも、じぃーちゃんもばぁちゃんも優しいぜ。 樹のとこだって」
「変わったんだよ。 俺達も、俺らの親達も」
「雑草根性に負けたんだな」
三人がつくしさんを見ている。
「・・・雑草?」
「土筆って、雑草だろ?」
「そう、牧野が俺達を変えたんだ」
「そんなことないよ 。私は何もしてないって」
「ぷぷっ、俺達に宣戦布告したの、忘れたの?」
イジメの標的になったつくしさんは、道明寺さんにとび蹴りして、言い放ったらしい。
『あんたたちの性根叩きなおしてやる』って。
いまの上品なつくしさんからは、とても想像できなくて。
「・・・麗、あのさ・・・ひとり言・・・」
「ぎゃぁ! また、声に出していた?」
「しっかり聞こえている。 まったく、変なとこ、お袋に似ているんだから」
えへへって、かわいく誤魔化したつもりが、花沢さんのツボに入ったようで、またお腹を抱えて笑い出した。
「言っておくけど、お袋は上品じゃねぇからな。 今でも俺やオヤジをグーで殴るんだから」
「くくっっ、相変わらずだね。 牧野」
「ちょっと、樹。 麗ちゃんの前で、なんてこと言ってんのよ!」
「猛獣使いは、永遠に猛獣使いってことさ」
笑い転げている花沢さんを含め、美作さんも家元も当然のようにしている。
・・・・猛獣使いって・・・。
「そのとき、司は牧野に恋したんだよ」


( 2009/8/27 )

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