静まり返っている部屋の中では、誰も声を発しない。
うなだれている樹や一馬を見守るだけで。
当事者である私にできたことは、ただ樹の手を握るだけ。
「で、あんたは樹と結婚するの?」
静けさを破ったのは、またも花沢さん。
「はぁ???」
直球過ぎますよ、花沢さん。
ほら、みんな、目が点になってますって。
誰一人驚きで声も出せないんだろうけど、あまりにもストレートすぎて、その質問が自分に向けられたてるものだとは思わず、他人事のように考えてた。
なのに、どうしてみんな私を見ているの?
「で、あんたは樹と結婚するの?」
緑色の瞳が私を捉えている。
え?私に聞いている??
「あんたの不安は、消えたの?」
私の不安。
樹のことを何も知らないと言う不安。
今まで抱えていたわだかまりと、衝撃の事実が生み出していく不安。
そんなに簡単に解消されるわけでもなく。
それを相談しに来たわけで。
「・・・いいえ」
「それで、司達に相談に来たんだ?」
「はい・・・。 つくしさんなら、答えを知っているような気がして・・・」
「俺たちが邪魔なら、帰るけど」
「いえ・・・邪魔なんて」
「そう・・・、なら、いいけど」
ひとつあくびをして、再び、ソファに横になる花沢さん。
この人は、いつもこんな感じなのかな。
聞いてないようで、本質を突いてくる。
今まで漠然としたものがはっきり見えてきたのだから、私もちゃんと向き合わなくちゃいけないと思う。
だから、意を決して聞いてみた。
不安と同じくらい、不思議なことがたくさんある。
まずは、疑問の一つ一つを解決していかないと。
「ど、道明寺さん?」
「なんだ?」
樹を睨んでいたときとは違って、変わらない優しいまなざしで私を見てくれる道明寺さん。
私がこれから知ろうとしていることは、樹との別離に向かっていくかもしれない。
でも、逃げちゃいけない。
私は、逃げない。
「さっき、私の結婚に反対だとおっしゃっていましたが・・・」
「あぁ」
「相手が樹だって、知っていたんですか?」
「・・・・あぁ」
「どうして? いつから?」
「四年前からだ」
四年前って、あのパーティーの時には、私のことを知っていたってこと?
隣にいる樹が話していると思えない。
「どうして、オヤジが?」
樹が不思議がるのは、無理もないと思う。
「樹がNYに来てすぐの頃、出張で日本に来たとき、早乙女雅が俺をたずねてきた」
「雅が??」
樹だけじゃなく、一馬も驚いている。
「雅が、オヤジに何の用があったんだよ?」
「司を? どうして?」
つくしさんも知らなかったらしく、家元や美作さんと同じく驚いている。
「俺が、二人を別れさせたと思っていたらしい」
道明寺さんを訪ねた雅さんは、別れさせられた理由を問い詰めたらしい。
あの道明寺財閥の建物に怖気づかないで、道明寺さん迫れるって・・・雅さんってすごいわ。
「早乙女は、自分が英徳の学生じゃないから別れさせられたと思っていたみたいだ。 今度の彼女は英徳生だから認めるんですか、とね。 そのとき、樹に恋人がいると知った」
「それが、麗ちゃん?」
「あぁ。 あれほどNYに来ることを拒んだ樹が自分からNY域を決めたのも不思議だったし、少し調べたんだ」
道明寺さんに単身で会いに行くなんて、行動力があるんだ。
そのときの雅さんには、道明寺の大きさも、樹が背負っていくモノの大きさもわからなかったんだろう。
私のように。
「それで、オヤジはなんて?」
「知らんと答えた。 それしか答えようがないしな」
雅さんは、雅さんなりに樹のことを好きだったのかもしれない。
「ただひとつだけ、早乙女に聞いたんだ。 道明寺樹がどんな人間か知っているかと」
「雅は、なんて?」
「道明寺財閥の跡取だと答えた。 だから、そう思っている限り、樹の心は取り戻すことは出来ない、そう告げた」
「どうして、そんなことを。 大学生の雅さんには理解できないわ・・・」
「つくし・・・高校生でもお前は理解した。 理解したうえで、俺を道明寺司として送り出したんだろ」
道明寺さんが雅さんに言いたかったことは、よくわからない。
でも、それが私とどういう関係があるの?
「私のこと、調べたんですよね? ・・・パーティーでお会いしたとき、私のこと知っていたんです?」
「お前を調べたというより、樹の恋人とやらを調べさせた。 香山麗という女だという報告はあったが、それ以上のこと知らねぇ」
「じゃあ、あのパーティーのときは?」
「麗が名乗ったとき、どこかで聞いたことのある名前だって思ったが、まさか本人とはな」
「でも、それだけで私の相手が樹ってわかるなんて」
そ、そうよ。
四年の間に別れているかもしれないじゃない。
「くくっ、お前は自覚がないようだが、お前、自分の男の話、ずいぶんしていたぞ」
えっ?・・・私、樹のこと話したっけ?
「で、でも・・・どうして社長の息子だと教えてくださらなかったんですか?」
「あ? バカ息子が隠していること、親が言えるか」
「オヤジ・・・バカ息子って俺のことかよ」
道明寺さんにギロリと睨まれて、樹は黙った。
「当たり前でしょ。 バカ息子って言われるようなことをしたのは、樹自身じゃない!」
ほら・・・つくしさんの怒りが復活したじゃない。
「とにかく、お前の結婚には反対だ。 こんなバカじゃなくたって、お前にももっといい男を紹介してやる。 嘘をつくような男はダメだ」
「オヤジ!!」
「樹、前にも言ったが、道明寺の名前が嫌ならいつでも出て行け。 俺は、止めない」
そう言ったきり、道明寺さんは、部屋から出て行った。