「司はね・・・牧野にケリを入れられて、ぷぷっ・・牧野に恋をしたんだ」
「そうそう…赤札貼られて、宣戦布告されてな」
赤札?
「もぉ!美作さんも類も、そんな話やめて!昔のことよ」
頬を赤らめて照れているつくしさんは、とても四十代にも思えないほど、可愛い。
「牧野、可愛いね」
「や、やめてよ、類。・・・あ、あたし、司の様子見てくる」
ばたばたと部屋から飛び出していく姿を見送るF3がニヤニヤしているのが気になるんだけど。
「まったく、牧野も変わらねぇな」
「英徳にいた頃の牧野は、いつも走ってたな。バイトとか言って」
高校時代のつくしさんって、どんな感じだったんだろう。
「アイツらの恋愛そのものが、いつもバタバタしてたじゃねぇか」
「あ、あのさ…バイトってなんだ?」
ち、ちょっと、樹ったらバイトを知らないの?
「アルバイトのことだけど…」
「だから、アルバイトってなんだよぉ?!」
まじめな顔して聞いてるってことは、本当に知らないんだ。
はぁ、樹って本当のお坊ちゃんだったのね。
「バイトって短期で働くことだよ」
一馬の説明は、間違ってないけど、ちょっと違うし。
改めて、樹と一馬が違う次元の人に思える。
「司だけは、牧野が他の女とは違うって見抜いていたんだな」
「人を肩書きや上辺だけで判断せず、媚びることもせず、一人の人間として向き合う。どんなときもまっすぐ前だけを見て。お人よしで、意地っ張りで、涙もろい。そんな牧野のこと、司は最初に気がついたんだよ」
つくしさんって、すごい人だ。
私なんかと違って、学生の頃から自分っていうものを持っていて。
なんだか、自分がダメな子に思えてくる。
道明寺さんは、本当に私と樹のことを認めてくれるのかな。
「それから、司の猛アタックが始まったって訳」
「ところが、あいにく牧野は他の男が好きで、司の片思いで終わりそうだったのに、なぜか司と牧野は朝帰り」
え?朝帰り?
「何があったのかわからないけど、多分あの頃だろ、牧野が司を意識したのは」
「桜子の一件じゃねぇーの?」
家元も美作さんも、おっしゃっていることが良くわからないんですけど。
不意に花沢さんが放った言葉は、私だけでなく樹や一馬を驚かすには十分だった。
「牧野・・・俺のことが好きだったのに、いつの間にか司しか目に入らなくなってさ・・・」
「牧野の初恋の人だもんな、類は」
えええええっ????
樹も一馬も信じられないって顔で見合っている。
三人ともさらって言っているけども、爆弾発言ですよ。
特に花沢さん。
「お袋の初恋の人って・・・ビー玉の王子様って・・・類おじさんだったんだ・・・」
「樹、司の前では絶対この話をするなよ!猛獣が暴れだすから」
「総二郎おじさん、マジ?」
「今でも司にとって、類は恋のライバルなんだよ。こんなデカいガキまで作ったっていうのに」
呆れたとでも言うように、首をすくめる家元。
「で、でも、類おじさんだって結婚しているじゃないか。おばさんはお袋とは似ても似つかないぜ」
恋は理屈じゃないのさ、と家元は笑っている。
だけど、花沢さんに心惹かれたつくしさんの気持ちは、なんとなくわかるなぁ。
女の子って優しい雰囲気の人に弱いものね。
「司と類は似ているんだよ」
「・・・やめてよ、総二郎。司と似ているなんて、俺ヤダ」
「自分の考えを押し通すことにかけては、どっちもどっちだ。強引と頑固の違いだけだろ」
美作さんの言葉が図星だったのか、花沢さんが悔しそうに睨んでる。
「ふーん、あきら、そんなこと言っていいの?牧野に惚れていたこと、司に言っちゃうよ」
ええええええええええええええええええええええっっっ・・・。
「ば、馬鹿言うな。あれは惚れていたんじゃねえよ。絶対司に言うなよ、類。俺、殺されたくない」
「大丈夫だよ、俺殺されてないもん。くくっ」
つくしさんに惚れていることがばれると殺されて、それでも殺されないって人は・・・?
そ、そういうことですよね?
「まさかだと思うけど、類おじさんっておばさんのこと好きだったの?」
一馬・・・それをココで聞くのはまずいでしょ。
相変わらず、空気が読めないんだから。
「好きだったよ。って言うか、今でも好きだよ。司と一緒にいる牧野を見ていると幸せな気分になれるからね」
・ ・・はぁ、そういうことですね、びっくりしちゃった。
「俺が都と結婚していなかったら、樹、お前の父親になっていたかもな。くくっ」
「ど、どういう意味?おじさんが俺のオヤジって、まさか・・・」
「オイ、類。樹をからかうのは止せ。樹も、類の言うことを本気にするな。なんでお前は父親似で、そんなに単純なんだよ」
道明寺さんに似ていると言われたことが悔しかったのか、樹は不貞腐れている。
「だけどな、樹。類がいなかったら、お前生まれてこなかったんだぞ」
えっ?
「司と牧野が離れている間、類が二人を見守っていたんだよ」
「単純馬鹿男と鉄パンツ女、喧嘩が絶えなかったよな」
「総二郎もあきらも面白がっていただけじゃないか。ただ、あの頃の牧野はずいぶん無理をしたと思うよ」
学校とバイト、それに道明寺さんのお母さんから出された課題といつも時間に追われていたつくしさん。
遠く離れたニューヨークで大学と仕事でやっぱり時間に追われていた道明寺さん。
離れていても、距離に負けることはなく愛を育てていた二人。
友達の支えがあったとは言え、大変なことだったと思う。
そんな二人の間に生まれてきた樹は、幸せだよね。
「素敵な両親だね、樹」
照れくさいのか、何も言わずに私の手を握ってくれた樹。
出逢った頃と変わらないその手の熱さに、樹の愛情を感じられる。
この手のぬくもりがあれば、何もいらない。
二人の恋物語をF3から聞いていると、私と樹の恋なんてママゴトのように思えてきた。
「樹。お前は、司と牧野が育てた愛の形なんだよ。道明寺という名前を否定するってことは、おまえ自身を否定することになるんだぞ。一馬、お前も同じだ」
小さな子供に言い聞かせるように、厳しくも優しく話す美作さん。
「お前達が麗ちゃんに嘘をついたことはもちろん許されることじゃないが、名前を偽って自分自身を否定したら、誰もお前たち自身を見てはくれないぞ。俺たちは、名前を否定したことで自分を否定したお前達を許せない」
樹と一馬は、体を小さくしている。
「・・・ごめんなさい」
「親父、お袋・・・ごめんなさい」
そこには、肩を寄せ合っていた幼い二人がばつが悪そうに謝っている姿が見えた。
その頃、「出て行け」と言ったきり部屋を出て行った道明寺さんと、それを追っていったつくしさんが書斎で交わした会話を知ったのは、もう少し後だった。