婚約指輪 小包

Act 21

「それで、一馬は麗ちゃんに恋をしたのかな?」
とんでもないことを言い出す花沢さん。
「類おじさん!!」
花沢さんの言葉には、樹も驚いていた。
一馬も驚いていたけど、花沢さんの質問には静かに答えた。
「恋ってモノがどんなものか、あの頃の俺にはわからなかった」
「へぇー、親父に似ず純情だね、一馬は」
家元に似ずって……、花沢さん、どういう意味ですか?
花沢さんは、何が言いたいんだろ?
私には、花沢さんの言葉の意味がわかりませんよ。
「だけど、麗にはすごく興味を持ったんだ。 女とか男じゃなくて、初めて西門一馬として向き合える気がしたから。 それで、構内で会うたびに声をかけた、友達になりたくて」
おかげで、私は他の女の子達の視線が痛かったんだけどね。
「ふーん、親父さんみたいににっこり笑っていれば、簡単だったんじゃないの、くくっ」
「おい、類……」
「類おじさん、初対面で怒鳴る女だぜ。 そんな簡単じゃねーよ」
「ちょっと、一馬。あんたが、松岡先生を侮辱するようなこと言ったからでしょ。 誰だって、尊敬している人を侮辱されたら怒るのよ。 ましてや、茶の精神を一番わかっていなくちゃいけない立場でしょ」
「わ、わかっている。俺が悪かった。 落ち着け、麗」
ぎゃっ、みんなの視線が私に集中しているじゃない。
また、やっちゃった……。
「こんな感じで、俺に西門流の次期家元とか跡取りとかじゃなく、西門一馬として接してくれるのがうれしくて。 だから、友達になれたときは、すげぇうれしかったんだ。 樹以外の最初の友達だったし」
だけどさ……、一馬の最初の友達が私なんかでよかったのかな?
家柄や名前が理由となって友達も出来なかった樹や一馬の心のうちを窺い知ることは出来ない。
「麗はさ、話しているとクルクルと表情が変わる。 そして、いつでも笑っている。 今まで、俺の生活にはいなかったタイプで、俺は麗といるだけで楽しかった」
くすぐったい感じがする。
なんだか、照れくさいよ。
だけど、照れ笑いもはばかれるほど、重い雰囲気。
「ふーん、誰かさんみたいだね」
みんなの視線は、つくしさんへと移っていく。
花沢さんがおどけていなかったら、この重い雰囲気には耐えられなかっただろう。
「俺は、初めての友達を自慢したくて、樹に麗を紹介した。 そのとき、咄嗟に道明寺の名前を伏せたんだ。 俺のことは知っていたけど、道明寺の名を知ったら、さすがの麗も怯みそうで。 雅のように自分とは違うって避けられたくなかったんだ」
道明寺の大きさを知らなかったから、怯むことはなかったけど。
要らない心配をするほど、一馬の心を傷つけていたんだね。
一馬の悲痛な叫びにも似た思いに、私たちは言葉を失うだけだった。
「まさか、麗が樹と付き合いだすなんて思ってなかったし。 本当のことを言いそびれて。 隠すつもりはなかったんだ……」
「……だからと言ってな……」
家元や美作さんが言葉に詰まるのは、きっと二人の気持ちが痛いほどわかるからなんだろう。
誰も言葉を発することの出来ない雰囲気を破ったのは、道明寺さんだった。
「そうか……、一馬の言いたいことはわかった。 だが、樹。 お前にとって道明寺って名前は迷惑だったか。 テメェの女にも言えない名前だったんだな」
睨んだまま、樹に言い放つ。
道明寺さんの言葉でまた小さくなっている樹に、つくしさんがさっきまでの怒りが嘘のように、優しく問いかけた。
「……ねぇ、樹。 あなた、偽ったままプロポーズして、偽ったまま結婚するつもりだったの?」
「……いつかは、話すつもりでいた……」
「そう……。 あなたに打ち明けられたときの麗ちゃんの気持ちを少しでも考えた?」
「……考えなかった」
うなだれたまま、答える樹。
「麗ちゃんの気持ちも考えず、どうして、NYに来いなんて言ったの?」
「……それは……」
「……ホント、あんたって子は、変なところだけ司に似ているんだから……」
「ぷぷっ……、仕方ないじゃん。 樹は、あんたと司の子なんだからさ」
「どういう意味よ! 類!!」
つくしさんの抗議など聞いていないのか、花沢さんは、笑いを堪えてた。
「司はわがままで自分勝手だけど、いつだって牧野の気持ちを一番に考えてた。 そこが樹とは違うところだね」
「……俺だって」
花沢さんに痛いところを突かれたようで、樹らしくもなく、もごもごと言葉を濁している。
「そうね。 司はいつだって、私のことを考えてくれたわ。 そして、けして嘘をつかなかった」
つくしさんの言葉に、誰も言葉を発することはなく、ただ静かな時間だけが流れていく。
私の隣で、樹は何かを考えている。
そんな樹の手をただ握り締めることしか、私にはできなかった。


( 2009/7/13 )

NEXT    BACK