「道明寺や西門の名前を隠したかったってこと?」
つくしさんのキツイ問いかけに、樹も一馬も、何も答えなかった。
部屋の静けさが、二人を責めているようで、私は心が痛くなる。
私には、二人の気持ちを理解できないけど、叱られてしょげている幼い子供の姿がダブって、二人を責めることは出来ない。
「樹と一馬の気持ちはわからなくもないけど、だからと言ってな……」
美作さんがなだめるように、樹と一馬に話しかける。
「お前たちが知らないだけで、司だって、総二郎だって……」
「でも、オヤジたちはいつも四人だったろ! それにお袋だって、つくしおばさんだって、高校のときから付き合いがあったじゃないか!」
話しかける美作さんの言葉を遮って答えたのは、一馬のほうだった。
「司おじさんがおばさんとNYに行く時、樹だけ日本に残るって駄々をこねたよね? おじさん達は、雅がいたからだと思っていたみたいだけど、それは違う」
「違うって?」
「どういうことなんだ?」
家元と美作さんが一馬に詰め寄った。
二人は、バツが悪そうに俯いている。
『……一人になるのが怖かったんだよ、俺も一馬も」
えっ?
一人になるのが怖いって、どんなに二人の傷が深かったのか。
「あの頃から、俺らと雅の関係は狂っていった。 雅には、NYに住むことは普通じゃなかったんだ」
「オイオイ、いまどき親の赴任で海外に行くことは珍しくないだろ?」
美作さん……不思議そうに言いますけど、一般の家庭では十分特別なことですってば。
海外赴任って言ったら、羨望のまなざしで見られるんですよ。
まぁ、美作さんをはじめここにいる人には特別なことじゃないんだろうけど。
「雅の価値観は、いつでも自分が基準なんだ。 自分と違うものは理解しようともしない」
「雅を紹介したとき、親父は言ったよな? 道明寺の名前が嫌ならこの家から出て行けって」
「あぁ」
樹を睨み付けたまま、低い声で答える道明寺さん。
怒りの中に寂しさが見える。
「それを聞いていた雅は、『やっぱり樹のお家は普通じゃないわ。 お父さんもお母さんも、普通じゃないみたいだし』……そう言ったよ」
雅さんの言葉は、樹を深く傷つけた。
自分自身の全てを否定されたと思ったんだろう。
「それからだ。ことあることに『普通じゃない』って樹に言う。いや、樹だけじゃなく、俺にも。 『お茶なんて苦いだけで、何の意味があるのかしら。 それでも将来が約束されている一馬は普通の学生とは違うし』ってね」
お茶の良さも知らずに、『普通じゃない』と言い切る彼女に、言い知れない怒りが沸いてくる。
悪気はないんだろうけど、悪意のがない言葉のほうが傷は深い。
樹だけじゃなく、一馬も傷つけた雅さんの言葉。
名家と呼ばれる家に生まれた二人にとって、家が原因で負った心の傷を癒す術は、名前を隠すことしかなかったのかもしれない。
隠されたことにショックは受けているけど、それでも樹や一馬を責められなかった。
「それから、他人を寄せ付けなくなったんだ、俺達。 麗と出会うまでは」
「えっ? 私?」
ちょっと待ってよ?
どうして、私の名前がここで出るのよ??
「大学のカフェで、麗がお袋の本を読んでいたのを見たとき、無性にイラついた。 どうせ俺の気を引くためで、くだらない女だと思ったんだ」
あっ、あの時……。
「一馬!」
家元の凛とした声と鋭く突き刺す視線に、一瞬怯んだ一馬。
「あっ、いいんです。 昔のことですから」
そう、今になればあれもいい思い出。
あの時がなかったら、今の私達もなかったんだから。
「俺に近づいてくる女は、いつも媚いていた。 獲物が狙う目が見ているのは、『西門』という名前であって、俺自身じゃない。 麗がお袋の本を読んでいるのも俺の気を引くためだと思ったんだよ。 でも、麗は違った。 俺を西門一馬と知ってて、俺の目を見て言い返してきたんだ」
「ふーん、あの頃を思い出すね。 一馬、麗ちゃんにケリ入れられなかった? ぷぷっ」
花沢さんは、可笑しそうに一馬に話しかけた。
……なんで、私が一馬にケリを入れる?
「おい! 類!」
美作さんが焦っているのがわかるけど、なんで?
「……ケリは入れられなかったけど、茶道家のくせに一期一会の精神もないって、西門流も終わりだって、怒鳴られた」
や、やだ、一馬ったら何言い出すのよ。
道明寺さん以外が、一斉に私を見ている。
「ぷぷぷっっ、麗ちゃんもなかなか言うね」
花沢さんは笑いの壷に入ったようで、一人で笑っている。
唖然と私を見ているみんなの視線が痛いんですけど……。
な、なにも家元や松岡先生の前で、そんなこと言わなくても、いいじゃない!
「す、すみません。 末端の流派の癖に……生意気なこと言ってしまって……」
もぉ、恥ずかしいったらないじゃない。
「麗ちゃん、うちの一門なんだ?」
「……は、はい。 松岡先生に少しでも近づきたくて」
みんなの視線から逃げようと、目を反らしたら、樹を睨んでいる道明寺さんが見えた。
もし、視線で人を殺せるとしたら、間違いなく樹は殺されているだろう。
道明寺さんの怒りの大きさがわかる。
「俺を西門一馬と知ってるのに、媚びない女は初めてだった」
「ふーん、誰かさんに似ているね」
みんなの視線は、私から移って、つくしさんに注がれている。
「ち、ちょっと、類ったら……なに言っているのよ! そんなことより、今は樹と一馬くんのことでしょ? どんな理由があっても、嘘をついていいわけじゃない!!」
「相変わらず、牧野は動揺するとよく喋る」
「確かに」
「もお、美作さんまで!」
顔を真っ赤にして怒るつくしさんを笑いながら見ていた花沢さんが、急な真剣な目で一馬を見据えた。
「それで、一馬は麗ちゃんに恋をしたのかな?」
な、な、なんですと??!