「雅さんって、樹が"俺の大事な女"って紹介してくれたお嬢さんよね?」
"俺の大事な女"
そんなふうに雅さんのこと、紹介していたんだ。
樹にとって、私は何なんだろう。
「18の誕生パーティーで司達に啖呵を切ったあれだろ?」
美作さんも知っているんだ……。
「樹の元カノがどうしたんだよ?」
樹は、何も言わない。
皆が一馬を見ていた、花沢さんを除いては。
「……樹に雅を会わせたのも、俺なんだ」
「なんで、お前が?」
「なんで??」
家元の疑問に拗ねる一馬。
「親父が都立高校の茶道部になんか行かせたからだろ」
後から知ったことだけど、家元は高校時代から松岡先生の母校で稽古を付けている。
なんでも、松岡先生に対する感謝らしい。
そして、その感謝のしるしは、30年たった今でも続いている。
まったく、家元に直接稽古を付けてもらえるなんて、うらやましいっての!!
家元が海外の茶会で日本を不在にする時、一馬がその代役を務めている。
都立高校に行ったのも、その一つだろう。
「雅は、その学校の生徒だったんだよ」
「だからと言って、樹は関係ねえだろ?」
家元の疑問はもっともだ。
雅さんと一馬が特に親しそうでもなかったし。
一馬が都立高校に行ったことからは、樹と雅さんの接点は見つけられない。
「女ばっかのところに、一人で行けっかよ……。 だから、樹に一緒に行ってもらったんだ」
「まぁ、樹もお手前の心得はあるし。 だけど、樹がお前と一緒に行ったことと、そのお嬢さんのこととは別だろ?」
ふーん、雅さんも茶道を習っていたんだ……。
「雅は、茶道部員じゃなかったよ」
「えっ?」
「麗……、独り言、全部聞こえてる……」
「ぷぷぷっ、あははは」
花沢さんがお腹を抱えて笑い転げてる。
「……おい、類! 笑っている場合じゃないだろ」
美作さんに諌められているけど、花沢さんの笑いは治まらないらしい。
「ぷぷっ……だってさ……。 この子、牧野にそっくりじゃん」
えっ? 私がつくしさんに似ている?
「もぉ、類! 類のことは放っておきましょ! でもね、一馬くん。 樹に雅さんを会わせたからって、その後付き合ったのは、樹自身が決めたこと。 一馬くんが責任を感じることじゃないと思うけど?」
「おばさん……、俺は責任を感じているわけじゃないんだ」
「なら、どうして?」
「俺が、麗という友達を失いたくなかったから」
一馬の話では、樹と雅さんが付き合っていたのは1年くらい。
茶道部の友達に誘われて、その日の稽古に出ていた。
周りの友達が、一馬と樹に群がっているのに、雅さんだけは二人に興味を示さなかった。
西門や道明寺の名をさして気にも留めるふうでもなく、二人に媚もせず、特別扱いをしなかったらしい。
だから、二人とも一緒にいるのが心地よかったって。
樹は、それを恋だと思ったらしい。
『俺が求めていた女』だと思ったと。
「雅は、西門の名にも、道明寺の名にも関心がなかった。 初めて、俺たちを一人の人間としてみてくれると思ったんだ。
あのころの俺らにとって、雅は希望だったんだよ……。 でも、違っていたんだ。 俺達を特別だと思っていなかったけど、自分たちとは違うって差別したんだ。俺たちだって好きでこの家に生まれてきたわけじゃないのに。 俺達を理解しようとはしなかったんだ……」
雅さんに会った時、掴み所のない人だと思った。
何に対しても無関心で、本当に樹のこと好きなのかって、不思議に思ったっけ。
『誰か、俺自身を見てくれ!』
一馬の声にならない叫びが聞こえる。
きっと樹も同じように心で叫んでいたに違いない。
「……俺と一馬は、ガキのころから"友達"ってやつが出来なかった。 俺たちの名前にだけ興味のある奴らだけ。 先生もクラスメイトも、俺たちがF4の子供だってだけで特別扱いをする。 それが嫌だったから、いつも一馬と二人でいたんだ」
初めて出会った時の一馬の人を見下した態度や樹の人を寄せ付けない態度も、二人の精一杯の強がりだったのね……。
広いこの屋敷の片隅で幼い樹と一馬が肩を寄せ合っている姿が見えた。
「俺も一馬も親の愛情には不足なく育ったと思っている。 普通の家と何も変わらないと。 幼稚舎に入るまで、
俺たちが特別だなんて思っていなかったんだ。でも違う。 この名前がある限り、俺たちは普通じゃいられない」
大学時代の樹は、あまり自分のことを話したがらなかった。
そっか……、こんな理由があったんだ……。
樹の心の闇を見たような気がする。
私は、そんな樹を理解してあげられる?
「それで名前を誤魔化したの? 道明寺や西門の名前を隠したかったってこと?」
つくしさんのキツイ問いかけに、樹は何も答えなかった。