二度目の税理士試験に、里香は手応えを感じた。
真夏の日差しが、まぶしかったが、心の中は、さわやかな気分に満ちている。
どんな結果が出ても、悔いはない。
健人を失った虚脱感から、抜け出し、やれるだけの事はやった。
里香は、そう思っている。
健人との突然の別れは、里香を新たな絶望へと導いた。
それでも、この日を迎えられたのは、別れの翌日訪れたフレデリクスボー城の存在が大きい。
「美しい」
フレデリクスボー城を目前に、その威厳に満ちた存在感に圧倒される。
その姿は、里香にとって、新たな希望を胸に刻んだ。
駅までの帰り道、胸を張って、歩いていく。
ある決意を秘めて。
12月。
里香のもとに、科目の合格を知らせる通知が届いた。
やっと、税理士になるためのスタートラインになったと思う。
次は、税法に挑戦だ。
さらに、気が引き締まる思いがする。
デンマークへの出発を翌日に控え、里香は、一通のメールを送った。
愛しい人へ…
お元気ですか?
あなたは、このメールを日本で読んでいるんでしょうね?
今日、税理士試験の結果が発表されました。
お陰様で、会計科目に合格することができました。
これからは、税法科目に、いよいよ挑戦です。
今まで以上に、頑張らないといけませんね。
あなたとの出逢いがなかったら、今日と言う日を迎えることはできなかったと思っています。
あなたには、たくさんの励ましを貰いました。
ありがとう。
明日、この結果をフレデリクスボー城に報告をするために、デンマークに旅立ちます。
1年前、あなたとコペンハーゲンの街を歩いたことが、昨日のことのように思い出されます。
今度の旅は、クリスマスのコペンハーゲンをひとりで歩くことになりますね。
多くの励ましと、デンマークを教えてくれたあなたに感謝して。
あなたの幸せをかげながら祈っています。
Farvel♪
里香
コペンハーゲンへの長いフライトの間、里香は、去年のことを思い出していた。
健人に初めて逢うことに、不安を感じながらも、胸躍らしていた自分。
あれから、1年。
健人への愛を胸に秘め、支えとした1年。
健人のいないデンマークは、また違った顔で、里香を迎えることだろう。
飛行機の窓の下に小さく見える、コペンハーゲンの街を見ながら、そう思った。
入国手続きを終え、荷物を引き取り、出口に向かう。
出口の自動ドアが開いたとき、去年、健人が待っていた場所をチラッと見る。
そこに健人がいるはずもないのにと、里香は自分に苦笑した。
「里香…」
聞き覚えのある声。
思わず、持っていたバックを落とし、立ち尽くした。
気のせいだと、気を取り直して、歩き出す。
「里香……」
後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、健人だった。
「迎えに来たよ」
迎えに?
わたしを?
「どうしたの? そんなびっくりした顔をして?」
まだ、里香には状況が飲みこめない。
「どうして、ココにいるの? ……わたしを迎えに来たの?」
涙で、言葉にならない。
「とにかく、ホテルに行こうよ」
健人が、バックを持って、前を歩いていく。
なにがなんだかわからないまま、チェックインを済まし、部屋に落ちついた。
里香には、目の前に健人がいることが、にわかに信じられない。
「里香? どうしたの、そんな不思議そうな顔をして?」
「だって、日本にいるはずでしょ?」
「研究の続きをしないかと、誘われてね」
健人が、今の状況を話し始める。
「今は、大学で教えながら、研究を続けているよ。 昨日、メールを読んだ」
まだ、里香は、夢を見ている気分だ。
「たぶん、去年と同じ便で来ると思ったから、迎えに行ってみたけど、逢えて良かった」
何度も、健人と再会する夢を見ていたから、これも夢なのかもしれない。
目の前にいる健人は、1年前と、変わっていない。
夢ならば、覚めなければいい。
里香は祈った。