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Ⅱ.絶望

和志と暮らし始めて、半年が過ぎた。
派遣会社からの仕事も決まり、里香は充実した日々を送る予定だった。
ところが突然、一方的な解雇通告を受ける。
敦史への思いも、和志に対する偽りも、心の片隅において、仕事と学業の両立した忙しい日々が始まった矢先の出来事だった。
理由は、わからない。
ただ、里香には、解雇された事実を受け入れざるを得なかった。
異議を申し立てることも出来たが、あえてしなかった。
むしろ、異議を申し立てるだけの力も残っていなかったほど、打ちのめされている。
「しばらく、ゆっくりすればいいじゃないか? 勉強に専念すればいい」
和志が笑って言う。
どんなときでも、和志は優しい。
それでも、里香の心は落ちこんでいく一方だった。
生きていることにさえ、嫌気がさす。
なにも手につかない日が続く。
敦史からの電話以来、続いている絶望感が、さらに里香を包んでいった。
和志が優しければ優しいほど、里香の心に暗黒の闇が広がっていく。
学校も休みがちになり、勉強しない日も増える。
生きていると実感のない毎日。
家から出ることもなく、人との接触を必要以上に避ける里香を、和志は見守っていた。
里香は、努めて明るく装うが、その不自然さに、和志をはじめ周りが気がついたときには、すっかり、心を閉ざしていた。
有り余った時間が、さらに里香の心に影を広げていく。
ぼんやりと遠くを見つめ、伏せ目がちな里香は、周囲の人間が、声をかけるのを躊躇うほど、弱々しかった。
背筋をピンと伸ばし、自信に満ちた若々しかった面影など、もうどこにもなくなっている。
気分転換になればと、インターネットを勧めたのは、和志だった。
派遣会社の表向きの解雇理由が、「パソコンスキルに問題あり」だったから、少しでも、パソコンになじむようにと、和志の配慮だ。
「エクセルやワードは、教則本を頼りに、少しづつ覚えればいい」
和志の優しさが、心に染みていく。
こんな状態になっても、見捨てることのなく、励ましつづける。
和志を愛さなければ。
敦史のことなど忘れて、和志を愛さなければ。
こんなに愛し、励ます和志を愛せない自分が嫌になり、その結果、和志を避けるようになっていく。
勉強に当てていた時間が、インターネットの世界に、のめりこませる。
ネットの世界が持つ匿名性の世界が、里香を現実から逃げ出せる唯一の空間となった。
ネット上で、見知らぬ人と話が出来る「チャット」に夢中になっていく。
「チャット」は、不思議だ。
ハンドルネームと呼ばれる名前の印象と、文字だけのやり取りで、自分とは違う、もう一人の自分が作られていく。
オープンチャットは、誰もが気軽にアクセスし、参加することができる。
さまざまな人との出逢いがあり、時に誘われたりすることもある。
それは、恋愛に発展するような出逢いだったり、セックスの誘いだったりした。
ネットで出会う相手は、顔が見えない。
お互いの本名はもちろん、仕事のことなど、プライベートなことは、一切語らない。
インターネットに興味を持たない人には、不思議なことだろうが、まるっきり別人格の自分を作り上げることもできるが、飾らない自分をさらけ出すこともできるのだ。
作り上げたもう一人の自分が、巧みに誘いをかわすスリルを、里香は楽しむようになっていく。
昼と夜が逆転した生活は、変わらなかった。
それでも、休みがちだった授業にも出席するようになり、和志との生活が、里香を穏やかな精神状態にしていると、誰もが考えていたに違いない。
敦史の拒絶。
仕事の挫折。
すべてから、立ち直ったように見える里香だった。
ネット上に、多くの友達を作り、楽しそうに過ごしていたから、和志をはじめ、周囲は、一安心だった。
だが、里香は、敦史を愛するがゆえに、思い通りにならない自分を持て余している。
昼と夜が逆転した生活に、和志が口を出さないのは、和志の優しさだ。
その優しさを痛いほど里香は感じている。
感じれば、感じるほど、心が暗くなっていく。
和志を愛せない自分を嫌いになっては、また、心を閉ざすのだった。
里香は、暗闇の中で取り残され、出口を探し続ける。
先が見えない不安と絶望が、さらに別の自分を作り上げていく。
心の闇に気がつかないまま、すさんだ日々を過ごしていった。
異次元の空間で迷子になった子供のように。

( 2006/9/5 )

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