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Ⅰ.虚像

仕事の面でも、里香は転機を迎えていた。
離婚後、その悲しみを振り切るかのように、働いた。
敦史から拒絶されたあとは、その苦しみから、いっそう仕事にのめりこんでいった。
仕事だけが、心の支えになっている。
敦史を忘れるためにはじめた簿記も、申し分ない成績で合格し、資格を得た。
しかし、安定は、人間の成長を止めてしまう。
敦史との関係から、逃れるためにも、里香は、新しい自分を模索し始めた。
給料の遅配が続くようになったのも、そのころからだった。
「いつか、いいときが来る……」
と、自分に言い聞かせるが、里香自身の生活も苦しくなっていく。
その苦境を助けてくれたのが、和志だった。
和志は、里香よりも12歳年上の商社マンだ。
結婚歴はなく、人当たりの良さそうな穏やかな性格で、里香も一緒にいるだけで、のんびりとした気分になれる。
「一緒に暮らさないか?」
和志が、そう言い出したのは、敦史との再会から、半年が過ぎた頃だった。
「里香一人ぐらい、面倒みられるくらいは、給料をもらっているつもりだよ……」
笑いながら、和志は言う。
里香の給料が遅れがちなのも、数日単位から、数ヶ月単位となり、その間、和志の金銭的援助がなければ、里香の生活は成り立たない。
和志の一緒に暮らすと言う考えも、当然と言えば、当然だが、里香にはためらいがある。
敦史に対する想いも、その理由の一つだったが、それ以上に、他人との暮らしに抵抗があった。
「好き」という感情だけで、一緒にいられるほど、若くはない。
生活のために、愛のない生活を10年以上も続けて来た里香には、二人での生活が楽しいものばかりではないことを知っている。
仕事と学業の両立のためには、和志との暮らしは、悪いものではない。
それでも、なかなか踏み出せない。
「結婚」と言うことばが、里香には重くのしかかっている。
和志が、「結婚」と言うことばを口にすることはない。
だが、一緒に暮らすことは、そのことばを意識せずにはいられない。
現実を目の前にしたとき、和志の援助なしでは生活していけない事実に、里香は、選択を迫られている。
里香が仕事を変えたのは、それからしばらくしてのことだった。
表向きの理由は、和志との結婚による退職だったが、社長との金銭トラブルが、本当の理由だ。
給料の遅配についての意見の相違だったが、里香は、社長に給料を支払う気がないことに気がつく。
見切りをつけての退職だった。
退職は、和志との同居を急がす結果となった。
里香は、和志との生活を「生活のため」と割り切ることとする。
新しい自分を探していた里香にとって、生活環境の変化は、仕事に向けていた情熱を、学業に向かわせた。
敦史への思いを断ち切るためにも、何かをしないではいられない。
今までの経理としての経験を活かせるようにと、税理士を目指し始めた里香に、最大の協力と理解を示したのも、和志だった。
その気持ちに答えるためにも、里香は、仕事をすることより、学業を選ぶ。
昼と夜が逆転した生活が始まった。
和志が出勤するのを見送ってから、ベットに入る。
授業に間に合うように、起床して、学校に行く。
和志とのすれ違いの生活は、敦史への想いを増幅させた。
その思いが募ればつれるほど、和志とのすれ違いを生んでいく。
里香は焦る。
里香の焦りは、さらなる悪循環を生み出す。
和志を避ける生活。
学習時間の割には、上がらない成績。
結果を出さなければ、和志に対して、申し訳ない。
焦れば、焦るほど、里香は、現実から、目をつぶっていった。
仕事を探し出したのも、自分自身を正当化する言い訳を探したに過ぎない。
愛のない生活。
現実から逃げ出した自分自身。
和志の愛に答えるためにする努力。
生活そのものが、うそで塗り固められていたことに、里香は気がつかなかったのだった。

( 2006/8/29 )

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