<内容>
サリニー公爵夫人ルイズは精神病院から逃亡した前夫ローランに命を脅かされているという。バンコランはサリニー公爵夫妻を保護しようと出向くが、彼らが見張っているクラブの中でサリニー公爵は首を切り落とされて殺される。しかも現場はバンコランや警官がドアを見張っていた部屋、密室で殺人事件が起きた。ローランは精神科医に自分はどこにでも入り込むことができると公言していたのだが、はたして今回の事件はローランが引き起こしたものなのか? 関係者一同が困惑するなか第二の殺人が・・・・・・
<感想>
密室のトリックには少々無理があるような気がするが、その真相への伏線の張り方は見事なもの。なにげない説明のように思えた前半の描写がものの見事に真相を現しているのには感嘆してしまう。
しかし、訳が古く感じられ(実際古いのだろうが)どうも読みづらかった。一つ目の殺人が起こった後の部分は読みすすめるのが大変であった。最近カーの未訳作品が訳されているが、こういったすでに訳された作品もなんとか訳を直してもらえないものだろうか。
<内容>
夜霧のロンドンを滑る一台の自動車。しかし、ハンドルを握っていたのは喉を切られた黒人運転手の死体であった! 十七世紀イギリスの首切役人<ジャック・ケッチ>の名刺を持つ男が出没し、今はない幻の町<ルイネーションの街>がロンドンの中に忽然と現れる。謎の町には不気味な絞首台が立っていた!!
<感想>
この作品では提示される謎は「死体が運転する自動車の怪」、というものぐらいだろう。しかしその死体の主もあまり話しに関係ないような人物が選ばれているせいか、それほど事件自体が注目されてなかったような・・・・・・。今回の作品では被害者がいずれも事件の動機となる部分の中心人物ではないので、そこでミステリー性というものが薄れてしまっているように感じられた。
バンコランのシリーズは謎と不気味さがクローズアップされたミステリーという気がするのだが、ジャック・ケッチという人物自体に不気味さが感じられなかったので恐怖という部分も中途半端だった。
ラストでは絞首台の不気味さが十分語られるような終りかたをしているのではあるが・・・・・・。ただひょっとしたらこの物語の中で一番不気味だったのはバンコランかもしれない。
<内容>
ローレライで名高い絶景のライン河畔にそそりたつ不気味な髑髏城を、希代の魔術師メイルジャアが入手して、のぞみどおりの幻想の城に改築した。しかし城の持主はライン川に変死体となって浮かび、あとをついだ俳優マイロン・アリソンは全身を火炎につつまれて城壁から転落。あいつぐ惨死事件の真相をさぐるべく、パリの名探偵バンコランとベルリン警察のフォン・アルンハイム男爵とのあいだに、しのぎをけずる捜査争いが展開する!
<感想>
カーの三作目にあたる本書。私がこの本を読んだのは当然のごとくのようでもあるが、カーの他の代表作をあれこれ読んだ後、カーの全作を読破しようということで手にとった本書。最初から時代順に読んでいけばさほど違和感はないのかもしれないが、カーの作品群の中から見てみると少々異色かもしれない。どちらかといえば、“ルパン対ガニマール”とでもいいたくなるような趣があり、題名も“バンコランの大冒険”というものにしたくなる。ミステリや不可能犯罪などというよりは、あくまで怪奇色を押し出した冒険譚というところ。まぁ、それなりに面白く読めるのではあるが、注文を付けるとするならば、ラストの決着をもう少し劇的ではっきりしたものにしてもらいたかったというところ。
<内容>
バンコランは女性の殺害事件の調査を進める。被害者は最後に蝋人形館に入った後、行方知れずとなり、そして死体となって発見された。その蝋人形館に何かあると目星をつけたバンコランは蝋人形館を調査する。するとそこで見つけたのは蝋人形に掲げられる第二の死体であった!
<感想>
怪奇的かつ論理的な様相をみせ、カーの初期的雰囲気が十二分にかもし出されている。
バンコランものというと怪奇的雰囲気の色が強い印象であったが本書においてはジェフ・マールとの論理的考察に結構ページがとかれている。殺害現場への侵入方法が限定されていることによる検証はなかなか興味深く面白いものであった。また犯人の特定にいたる伏線も読者の前にひらひらとちらつかせているのが心憎い。
そしてなんといっても本書の代表的ともいえる部分はラストの場面であろう。このラストには(ヴァン・ダインの「僧正殺人事件」)を思い起こさせる。しかし、バンコランの所業のほうがより悪魔的ではなかろうか。
<内容>
ジェフ・マールは旧知の退職した判事クエイルの元を訪れる。そして話の途中クエイルはジェフの前で突如苦しみだす。毒をもられたのだ! 幸いにも同居している次女の夫で医者のツイルズ博士の手によって一命は取り留める。しかし、それはクエイル家における惨劇の始まりでしかなかったのだ。
<感想>
閉じられた一家の中でのみの殺人事件と毒殺未遂事件。限られた登場人物しかいないわりには、その人物らの状況や関係が解りづらい。そのために、犯人が告げられてもあまり感銘を受けることはできなかった。確かにその動機を聞けばなるほどとはなるものの、やはりその登場人同志のつながりが薄いというのが欠点として感じられてしまう。
本書において特徴となる点は、語り手としてジェフ・マールが出ているものの、いつもの探偵役のバンコランが登場しない。そしてそれとは別の探偵役のパット・ロシターを登場させている。カーがバンコランの陰鬱ぶりに嫌気がさし、フェル博士やH・Mを創造したというのは有名な話であるが、本書にその一端が見えているといってよいのかもしれない。しかし、本書に登場してくる探偵は一風変わった青年という役柄ではあるが、あまり個性が感じられるものではなかった。そのためなのかどうだかはわからないが、その後の作品に再び登場することはなかったようである。
要するに、カーが初期から中期へと移り行く過程の作品であるとでもいうべきか。
<内容>
チャータハム監獄の長官を数代にわたってつとめてきたスタバース家では、これまで幾人となく首の骨を折って死んでいった。先代の老人も、<魔女の隠れ家>と呼ばれる絞首台の近くで首の骨を折って怪死をとげたが、彼は臨終の床で秘密の遺書を書き綴っていた。それから2年、監獄の<長官室>で相続の行事が行われた夜、嗣子マーティンが、またまた謎の死をとげる。初代長官アンソニーの奇怪な日記と謎の詩篇。苦悩と疑惑と死の影が、あまたの囚人の命を断った絞首台<魔女の隠れ家>に不気味に漂う。フェル博士初登場!
<感想>
フェル博士の初登場作品。その前までのアンリ・バンコランものの怪奇調が本書でもかもしだされるが、それらと比べてこの作品が異なるところはユーモアという点であろう。後出の作品を考えてみると、ある意味これがH・Mもののはしりであるともいえるのかもしれない。
今回の事件は、誰も近づいたはずのない監獄のなかで一人の男が死んでいたというもの。どうみても自殺や事故のたぐいのようなのであるが・・・・・
この事件自体の内容もさることながら、その解法がなかなか面白かった。ひとつの伏線として、“くるった時計”が効果的に用いられている点が逸品であろう。
<内容>
ロンドンにて紳士の帽子が何者かに盗まれるという事件が発生していた。たいした事件ではないと思ったものの、ハドリー警部は友人のフェル博士に相談することに。彼らは帽子収集狂事件の被害者であるウィリアム・ビットン卿に話を聴くことに。すると、彼は帽子だけではなくエドガー・アラン・ポーの未発表原稿までもが盗まれたという。さらに彼らのもとに、ロンドン塔にて、死体が発見されたとの報がもたらされることに。亡くなったのはウィリアム卿の甥であり、しかも盗まれた帽子が死体にのせられていた。果たして一連の事件には関係があるのか? フェル博士が出した答えとは!
<感想>
だいぶ前に1度は読んでいたのだが、その後再読したかどうかよく覚えていなかった。どうやら「盲目の理髪師」とごっちゃになっていたよう。今回読んでみたら、内容を全く把握していなかったので、たぶん読むのは2度目。
巷で帽子を盗むものが出没するという事件が勃発。ただし、単なるいたずらの域を超えるようなものではない。そこにポーの稀覯本の盗難と、殺人事件がからんでくる。しかもロンドン塔で発見された死体には盗まれた帽子がのせられていた。どのようにして殺人は行われたのか、関係者に対しての聞き込みがなされ、アリバイが調査されてゆく。
ポイントは帽子収集、ボーの稀覯本の盗難、殺人事件の3つがどのようにからんでくるのか。ただ、帽子収集事件とポーの稀覯本の盗難については、一番怪しいと目されていたものが死体となって発見されたという複雑な状況。
基本的に殺人事件は一つだけで、それだけで話を持っていくのは冗長であったかなと思われる。ただ、徐々に真相が明らかになっていく後半にはいってからは、物語は俄然面白くなっていった。複数の事件と、事件を起こしたものの感情が複雑かつ、見事にうまく組み合わされているなと感じられた。殺人事件の真相については、オーソドックスなミステリというものを感じさせる。うまくまとめられたミステリといいたいところだが、最後の幕の引き方については、個人的にはどうかと感じずにはいられなかった。
<内容>
謎の訪問者の来た夜は、激しい嵐が吹き荒れていた。訪問者は名も告げず、しかも強引に主人に会いたがった。折からの停電で屋敷の中は蝋燭のおぼろな光しかなかった。雷鳴がしきりとし、一度などは屋敷に落雷したかと思うほど凄まじい轟音が闇をつんざいた。
そして朝、書斎のドアから洩れる電燈の光に不審に思った下男が窓から覗いてみると、主人は、頭部をピストルで射抜かれて死んでいた。兇器は見えずそのかわり、死体の手の近くに一枚のカードが落ちていた。トランプに似た、水絵の色彩の美しいカードには、八つの件が星型に組み合わさっていた。死のカード、剣の八が!
警視庁捜査課長ハドリーから相談を受けたギデオン・フェル教授は、殺人鬼が間もなく次の犠牲者を狙うことを予感したのだが・・・・・・
<感想>
話のなかでスポットが当てられたていたのが、被害者のデッピングという実はものすごい悪人とその昔の仲間で悪人現役と思われるスピネリ。その二人ぐらいしか印象に残らない。あと、若き青年ドナヴァンが一ランク落ちて・・・・・・という感じ。それ以外が希薄すぎるような気が・・・・・・
事件なのだが、中盤でのフェル博士の推理が一番、盛り上がったような気がする。というかこのまま解決まで導けたのではないのだろうか? と思わせる。一気にフェル博士が推理し抜いたほうが名探偵ぶりに磨きがかかったのでは?
<内容>
大西洋をイギリスに向かう豪華船の中で二つの大きな盗難事件が、そして引き続き奇怪な殺人事件が発生する。なくなった宝石が持ち主の手に戻ったり、死体が消えたあとに、血まみれのカミソリが残っていたりと・・・・・・
<感想>
この作品を読むまでのイメージとしてはディクスン・カーよりもカーター・ディクスンとしてのほうがドタバタ劇の色が濃いと思っていた。しかしながら本作品を読むとそういったイメージは吹っ飛び、かつ今まで読んだカーの作品の中でも一番ドタバタの要素が大きいものではなかろうか。
都合が悪くなったらぶん殴る。やばくなったらとりあえず相手をふん縛る。まぁ、ここは落ち着いて酒でも一杯。飲めばさらなるドンチャン騒ぎ。そこらにあったものを勝手に持ってくる。それをどっかに置いてくる。などなど・・・・・・
訳が古いというせいもあるとは思うのだが、それでも色々な意味にて読むのに疲れてしまった。これは本当に読者を疲れさせるほどのドタバタ劇である。もちろん推理小説としての要素も当然あるのだが、もうそんなのはどうでもいいという気分になってしまった。
まぁ、こんな大騒ぎの船旅であれば退屈しないですむだろう。船長は大変だろうけれども。
<内容>
フェル博士とその友人のメルスン氏が連れたって歩いていると、メルスン氏の近所の家に警官が入っていくのが見えた。その家は有名な時計職人の家で、なんでも造りかけの時計の針が盗まれたとかで大騒ぎをしていたはずなのだが。フェル博士が急いでその家に入ってみると、そこで見たものは部屋に横たわる死体であった! しかも現場には、その死体を発見して叫ぶ女性と、部屋の中で拳銃をもったまま立ち尽くす男性の姿。死体はその拳銃によって殺されたのかと思いきや、実は盗まれた時計の針によって刺殺されていたのであった!! いったいこの不可解な事件が指し示すものとは何なのか?
<感想>
いやはや、本書を読んで改めてカーは天才であると感じてしまった。何といっても本書は事件の発端となる現場の状況がものすごい事になっている。時計の針によって殺された男、そのそばで拳銃を手に持って立っている男、ついたての影に隠れている男、現場を覗き見していて屋根から落ちた男、事件の直前に現場を通りかかったがその後泥酔して部屋で寝てしまった男等々。これらの登場人物が入り乱れて複雑怪奇な事件の様相を織り成している。さらには、以前に起こったデパートでの殺人事件もからめ、殺されていた男の意外な正体や、その殺された男を巻き込む奇妙な犯罪計画と、事件をとりまくさまざまな要素がてんこ盛りなのである。よくぞこんな複雑怪奇な状況を思いついたなと感心するほかはない。
また本書はカーター・ディクスンとして書かれた「ユダの窓」に対するディクスン・カー版としての側面も持っていると思う。それは、“法廷場面”という要素を持っていることである。法廷場面といっても実際に法廷へ出て討論するわけではない。一人の容疑者を巡って、ハドリー警部が検察側となりフェル博士が弁護側となって現場で討論を交わすというものなのだが、それもまた本書の見所である。
本書はパーフェクトなできとまではいかないのだが、それなりにディクスン・カーの作品というものをぞんぶんに見せられた気にさせられる内容であった。これだけ複雑怪奇な設定をして、その謎の全てを紐解いてしまうという実力は並大抵のものではあるまい。パーフェクトではないと思った部分は、謎の全てがひとつにまとまらず、いくつかは事件に直接関係していないというところが気になったため。なかなか複雑な内容になっているので、じっくりゆっくりと読んでもらいたい一冊である。
<内容>
グリモー教授は、予言されたように、不可解な状況で死体となって発見される。彼は得体の知れぬピエール・フレイと名乗る奇術師から脅しめいたことを言われていた。そして事件当日、グリモー教授は彼の家を訪ねてきた、怪しげな面をした者により、銃によって射殺された。しかし、当の殺人犯は閉ざされた部屋から煙のように消え失せてしまった。しかも家の周辺には雪が降り積もっており、犯人は帰った跡どころか、訪ねてきたときの痕跡すら残していなかった。そして同時刻、グリモー教授を脅迫したフレイも何者かによって殺害されていたのだ! しかも、目撃者がいるなか、犯人だけが人目に触れない状況で、フレイは銃殺されたのである。フレイの死体のかたわらにあった銃は、なんとグリモー教授を殺害したものと同じものであり・・・・・・
<感想>
何年も前に読んだ作品であるが、新訳版が出たのを機会に再読。感想もここには記していなかったので、ちょうどよい機会であった。
久々に読んでみても、内容をかみしめればかみしめるほど、傑作であるなという作品。カーの「三つの棺」と言えば、数あるカーの代表作の中でも一番に取り上げられるもの。そうした評価にたがうことなく、私的にもカーの作品のなかで一番の出来を誇る作品だと言いたい。
意外とひとつひとつのトリックや事象については、既出ともいえる内容なのかもしれない。ただ、複数の事象を複雑に組み合わせつつ、ひとつの流れを構成し、道筋をきちんとまとめてしまう力量になんともいえないものを感じてしまう。計画的ともいえる緻密な犯行と、予想外の出来事、さらには計画の一部失敗、そうしたことが組み合わさり、奇跡的な不可能犯罪が仕立て上げられているのである。真犯人の隠れざる思惑を見抜き、心理的・物理的に痕跡をたどり、ひとつの解を見事に導くギデオン・フェル博士の名推理が光る。
この「三つの棺」といえば、フェル博士による“密室講義”も有名であるが、作中で語る一部となっているので、やや中途半端気味で終わってしまっているのは残念なところ。作品とは別の形でフェル博士の口から“密室講義”まとめられたら(ノックスの十戒みたいに)よいのになと思われた。
今後も内容を忘れたころに、再読したいと思える作品。ただ、新訳であるにもかかわらず、レッドヘリングというか、解決の道筋に直接関係ない事項がいろいろと検討されていて、やや読み進めにくいと感じられたところもある。とはいえ、そのようなちょっとした困難を乗り越えてでも、読み通す価値のある作品であることは確か。オールタイムベストに値する名作。
<内容>
ある夏の夜、ロンドンの博物館を巡回中の警官が、奇々怪々な出来事に遭遇する。それはとんでもない大事件の発端であった。天下の奇書アラビアンナイトの構成にならって、この事件を解説するロンドン警視庁のお歴々は、警部と警視と副総監。三人三様の観察力と捜査法を駆使したその話の聞き手は、フェル博士。陽光輝くアラビアの幻想と陰鬱な濃霧の流れるロンドンの現実が交錯する謎に、フェル博士はいかなる解決をあたえるか?
<感想>
アラビアンナイトの構成にならって、とのことであるが元の構成を知らないのでどういう具合の出来栄えなのかはわからない。しかしながらそのスタイルとしては面白いと思う。結構複雑な話になっているのであるが、全体的に物語としての構成がよくできていると思う。そこにある謎の一つ一つがそれぞれ意味をなし、複数の人たちのそれぞれ異なる行動がきちんと一つの物語としてなしえている。これはなかなかの力技であると思う。
ただ、その欠点としては物語りの謎である部分が第2章にてほとんど解明されてしまっているということであろう。全部で3章の物語になっていて、最後の最後にてフェル博士が発言するという具合になっているのだが、あまり第3章が生きていないように感じられる。それであるならばもう少しフェル博士に長く登場してもらい第3章を真の解答編としてもらったほうが良かったのではないかと思える。結局のところ少々ページ数が長いかなということである。
<内容>
17世紀、英国。治安判事エドマンド・ゴドフリー卿が行方不明となり、それから5日後に死体となった姿で発見された。いったい誰が、ゴドフリー卿を殺害したのか・・・・・・
不可能犯罪の巨匠ディクスン・カーが実際に起こった英国史上最大の謎とも言われる殺人事件に挑戦する。カーが導き出した答えとは!?
<感想>
うーん、英国史上の歴史的な大事件ということなのだが、まったく馴染みがないためにどうもピンとこなかった。一応、そのときの歴史的背景や、事件が起きたときの様子、事件が起きてからの出来事などがきちんと描かれているのだが、今の世から見ると、あまりに独特な風習のように感じてしまい、とてもミステリ作品として見る事ができなかった。
このエドマンド・ゴドフリー卿殺害事件の背景にあるものは、カトリックとプロテスタントによる宗教戦争であり、事件の関係者達は犯罪そのものを暴くと言うことよりも、いかに自分の立場を有益に保とうかということを考えているように感じられ、数々の発言や行動に対してどれを信用してよいのやらまったくわからないものとなっている。それゆえにミステリ的な解釈を行うということが非常に難しくなっている。
そんななかでディクスン・カーは自分の考えに基づき、きちんと犯人を指摘しているのだが、その行為についてはただただ感心させられる。今まで挙げられた事のある多くの仮説に対して反論し、理路騒然と自分自身の解釈を述べているので、その記述に関しては非常にわかりやすかった。
ただ、その仮説もあくまでも1936年くらいに出された仮説であり、その後に新たな事実が浮き彫りになったことなどもあったようで、カーの説が必ずしも真実だとはかぎらないようである。ただし、だからといってカーの説が完全に否定されると言うわけでもないようなので、歴史的な面からしても本書は重要な作品であるということは十分うかがえる。
ということで、カーのファンであれば読んでいる人は多いと思うが、それ以外では17世紀の英国の歴史に興味があるという人くらいにしか、あまりお薦めはできない作品である。歴史的な観点からは評価されるべき作品だと思うのだが・・・・・・
<内容>
編集者のエドワード・スティーヴンズは週末を妻と過ごすため別荘へと向かっていた。列車のなかでゴードン・クロスという作家の原稿を見ていると、毒殺魔として70年前に処刑されたマリー・ドブレーという女の写真が付いていて、それがエドワードの妻の顔にそっくりであったのだ! ショックを受けて別荘へとたどり着いたものの、頭のなかが混乱し、妻ともぎこちない会話しかすることができなかった。
そんなとき、近くに住むマーク・デスパードが訪ねて来る。彼が言うにはこの間亡くなった前当主で伯父のマイルズの死に疑問があると。彼は砒素中毒で亡くなった疑いがあるので、墓を暴いて調べたいというのである。彼らは協力して地下の霊廟を開け、死体の様子を確かめようとするのだが、当の死体は棺の中から消え失せていた。さらには、伯父の死の当日、謎の女が彼の部屋に現れ、どこかへ消え失せたという事実までが明らかになる。そうして、そこに70年前に死亡したマリ・ドブレーの名が浮かび上がり・・・・・・
<感想>
たいぶ昔に読んだものの、内容をほとんど覚えていなかったので、新訳版が出たのを機に再読。これがまた、初期のカーを感じさせるすばらしい作品であった。後期では描かれなかったアンリ・バンコラン風の怪奇色の強い内容。
物語の序盤ではさまざまな謎が提示されることとなる。妻と70年前に処刑された毒殺魔との顔と名前の類似性、密閉された墓場から消えた死体、閉ざされたドアから消え失せた謎の女性などなど。これらの謎を軸としつつ、70年前の毒殺魔の存在が見え隠れするかのように話が進められてゆくこととなる。
また、物語がどう展開していくかというのも予想がつかないものとなっている。ノン・シリーズ作品ゆえに誰が謎の全てを暴きだすのか、それすらもつかめないまま。そして意外な人物が登場し、探偵役に名乗りを上げることとなる。今まで不可解な謎に思われたものが全て論理的に明かされるのだが、その終幕もまた思いもよらぬ展開が待ち受けている。
さらには、終章もまた怪奇とミステリをあおるものとなっている。この終章の存在が、本書の価値を決定づけているといって過言ではなかろう。
<内容>
資産家ラルフ・ダグラスは元の恋人ローズ・クロネックと別れ、マグダ・トラーと婚約した。元の恋人ローズのために購入した別荘があるのだが、よい条件でその別荘を購入したいという者が名乗りを上げたため売り払うことに。イギリスからきた弁護士のリチャード・カーチスと共に別荘へと行ってみると、そこで発見したのはベッドに横たわるローズ・クロネックの死体であった! しかも死体のそばには、拳銃、ナイフ、カミソリ、睡眠薬と四つの兇器が置かれていた。この異様な状況が指し示すものとは? また、ローズはどのようにして殺害されたのか?? 不可解な謎にバンコランが挑む。
<感想>
バンコランものであるにもかかわらず、それまでのワトソン役ジェフ・マールが出てこないという作品。そして本書はバンコランが登場する最後の作品でもある。というように、シリーズものの観点から見るとちょっと異色作という気もするのだが、内容からすればいつもながらのカー独特の怪奇な色合いが濃いミステリとなっている。
本書での注目点は死体の側においてあった4種類の兇器が何を意味するのかということ。バンコランに言わせれば、犯人が誰かはすぐにわかるのだが、その状況が何を意味するかが皆目検討がつかないとのこと。そのような異様な状況が残された殺人事件をバンコランが徐々に紐解いてゆく。
この作品を読んでいて感じたのは、物語の山場は中盤にあったのではないかということ。中盤でバンコランがある人物がとった行動を推理してゆくのであるが、私にとってはそれが真相だと言われたほうがかえってすっきりしていたと思われた。
そして中盤の推理とは別に終盤になって別の真相が明らかにされるのだが、そこまでくるともう回りくどいとしか言いようがない。本書では殺人事件が最初に起こるひとつだけとなっているので、その事件だけでずっと物語を進展させていく事になる。故に、それだけで話をひっぱるために物語り全体の構成や登場人物の関わり方をやたらとややこしくなっている。そのため、解決に関してもあまりにもややこしくなりすぎたというきらいがあるし、さらに言えば終盤で行われるトランプゲームにもさほど重要な意味があったとは感じられなかったのである。
確かに真相はなかなか凝ったものであり、充分に読者を満足させるということは間違いないであろうが、少々ややこしかったところが難点であった。まぁ、単純にこれだけ複雑怪奇な状況、さらには心理的な状況をひとつにまとめてしまうカーの手腕に感服するしかないといったところか。
<内容>
ヨハネスブルグからロンドンまでの無銭旅行を果たした南アフリカの若い作家のクリストファ・ケントにとって、ホテルの食堂での食い逃げ計画は、数分後に彼を恐るべき殺人事件にまきこむこととなった。進退きわまった彼はギディオン・フェル博士のもとにかけこんだ。ロンドンのホテルを舞台にして展開される殺人者と名探偵フェル博士との知力を尽くした挌闘。
<感想>
突飛な真相のようでもあるが、確かにそのための伏線は十分張られていたことに気づかされる。少々アンフェアにも感じるが、犯人による巧妙な工作という点ではなかなか感心させられる。謎の要素が多すぎてごちゃごちゃしすぎていたような感があったので、もう少し要素をしぼってもらえればすっきりしたのだが。
<内容>
自分こそが本物のジョン・ファーンリ卿である、現れた男はそう主張した。今の当主は、かのタイタニック号の遭難の際に、混乱に乗じて入れ替わった偽者だというのだ。真偽の決着がつこうというまさにそのとき、現当主が謎の死を遂げた。状況からは、自殺も他殺も共に不可能としか思えない。そして事件につきまとう、悪魔崇拝と自動人形の怪。一年前に起きた殺人事件の真相は? これをフェル博士はどう解き明かすか?
<感想>
ラストは犯人の方が上をいってたんじゃないのフェル博士? とちょっと勘ぐりたくなるような・・・・・・
自動人形のからくりの謎とどんでん返しのトリックは圧巻。ジョン・ファーリ卿の不可能殺人もどんでん返しの連続で、しかも予想もしなかった真相が隠されていた。犯人の秘密を知ったときはだまされたと脱帽した。また、真のファーンリ卿はどちらかという謎でも楽しめた。十分な読み応えの本格作品。
<内容>
小さな村の菓子屋で売られた毒入りチョコレートにより子供が犠牲になるという事件が起きた。その容疑者として町で噂されたのは、実業家マーカス・チェズニーの姪、マージョリー・ウィルズ。そうしたなか、マーカスは姪や友人らを集め、心理的な実験を試みようとする。その実験の様子を記録する映写機が回る中、マーカスは顔に包帯を巻き、サングラスをかけた謎の男に毒を飲まされ死亡してしまう! 事件関係者は皆、それらの様子を見ていた者たちばかりで、容疑者と思しきものが見当たらない中、フェル博士は・・・・・・
<感想>
この作品については、読んではいたものの感想は書いておらず、そんな折に新訳版が登場したので、こちらを購入して再読してみた次第。
新訳でもまだ少々読みづらいな・・・・・・とはいえ、内容はそれなりに面白い。タイトルからして、毒殺という赴きが強いのだが、中身は透明人間による犯罪という印象のほうが強い内容。心理的な実験が試みられている最中、その実験の一環がどうか聴衆にはわからないまま、実験の提案者が顔を隠した透明人間のような姿をした人物に毒殺されてしまうというもの。そして、それが映写機によって録画されているという点がポイントとなる。
そしてその映写機により録画されたものを見ることにより、犯行の状況が目の当たりとなり、そこからフェル博士の推理が繰り広げられてゆくのだが、そこで披露されるのがなかなか大味なトリック。これはなるほどと、唸ってしまうようなもの。ある意味、試験発案者である被害者の思惑と、彼を殺害せんと試みる殺人者の目論見がうまく合致したことによるトリックであると言えよう。これは一見地味のようでいて、実はなかなか面白い試みを成しているミステリ作品であると評価してよいのではないかと感じられた。
<内容>
雨あがりのテニスコートの中央に倒れていた死体。しかしコートには被害者の足跡しか印されていなかった。それ以外の人間がコートに出入りした形跡は皆無。屋外の密室ともいうべき第一の殺人につづいて、ふたたび第二の殺人が発生する。この場合も、殺人現場の建物に出入りした第三者はなく、居合わせた関係者は相互に共通のアリバイがあった。この二つの奇跡の殺人は、まさに不可能犯罪そのものである。しかし何者かの仕業でなければならない。奇跡の殺人の挑戦を受けて立つのは、犯罪捜査の天才フェル博士。
<感想>
テニスコートの足跡がない殺人というとあまりにも有名である。ちょっとした推理クイズなどにもなっているほどで、いろんなパターンを想像してしまった。しかし、今回のこれはそのようなパターンに当てはまるものではなかったために、妙に意表を突かれてしまった。ただ、あまりこのようなトリックは納得しづらいものの、行っている様を想像するとなかなか鬼気迫るものがある。
この作品は邦題が「テニスコートの謎」であるが、原題の「The Problem of the Wire Cage」のほうが、内容を暗示しているような気がする。
<内容>
サウスエンド海岸にあるロングウッド荘は、十七世紀に建てられ後の当主ノーヴァートが無惨な死を遂げて以来、代々の当主が悲運につきまとわれて、奇怪な噂が絶えなかった。ロングウッド家最後の後継者が邸を売りに出したとき、住む人もない荒れ果てた邸に幽霊が出没するという噂が村に流れた。だが噂の幽霊の正体を確かめようという買い手が現われた。彼が友人達を招き、邸宅で幽霊パーティを開いた日、招待客の一人が壁に掛かった拳銃で射殺された。目撃者の証言によれば、壁にかかった拳銃が宙に浮いて、ひとりでに狙いをつけて撃ったというのだが・・・・・・
<感想>
カーによる幽霊屋敷物。宙に浮き、ひとりでに発砲する銃。シャンデリアにぶら下がり、揺すったがためにそのシャンデリアの下敷きになって死亡した老召使。こういった面白い仕掛けが満載の内容になっている。
さらにフェル博士の推理による実行犯も二転三転と最後まで読者を惑わせる。なかなかその裏に隠された背景・感情などの描写にも余念がない。読者を決して飽きさせないつくりである。
さらにいえば、メイントリックも以外であった。それが目新しいというものではないのだが、すでにこういったトリックが用いられていたとは・・・・・・その内容を聞けば確かに納得。
<内容>
遠縁の者が亡くなり、親族会議が行われるという事で大学教授のアラン・キャンベルは列車にてスコットランドのグラスゴーへと向かうことに。すると、そこで新聞紙上での論争相手・キャスリン・キャンベルが同じ列車に乗り合わせ、彼女も同じ親族会議に出席するということを知らされる。図らずも一緒に旅をすることとなった二人、その二人を待ち受けていたのは、閉ざされた塔の最上階から落下したというキャンベル家当主の死亡事件。果たして事件は自殺なのか? それとも他殺なのか? そして、同じような状態でさらなる事件が起きることとなり、フェル博士が調査に乗り出す!
<感想>
感想を書いていなかったので再読しなければと思っていたのだが、つい後回しにしてしまっていた。というのも、この作品についてはトリックを覚えていたので、なかなか再読する気にならず・・・・・・と思って読んでみたら、自分が考えていたのと全く異なるトリックであった。どうやら、別の作品と間違えていたらしい。これは、もっと早く読んでおけば良かったと後悔。
塔の最上階にある閉ざされた部屋の窓から飛び降りたことによる死亡事故。果たして、自殺か、他殺か? 部屋におかれた空のトランクは何を意味するのか? というもの。私は全く別のトリックを考えていたので、トランクについては、偽の手がかりだと思っていたのだが・・・・・・。何気に伏線を張り巡らせた、きちんとしたトリックで驚かされる。他にもうひとつ別の密室事件が披露されるものの、そちらはややおまけのような(伏線はきっちりと張っていたようであるが)。
本書の特徴は、戦争が始まろうとする重苦しい時代のなかで、そうした雰囲気を吹き飛ばすかのような陽気な作調で物語が進行していくところ。アランとキャスリンの恋愛模様は、カーの作品らしさが発揮され、また遺産相続者であるコーリン・キャンベルについても陽気なキャラクターをあえて造形して、その雰囲気を冗長している(普通だったら嫌な人物造形にしそうな役割であるのに)。そうしたわけで、“連続殺人事件”などという陰鬱なタイトルにも関わらず、気楽に気軽に読める作品となっている。H・M卿ではなく、フェル博士ものでこういった作風は珍しいような気がする。
<内容>
猫が鼠をなぶるように、冷酷に人を裁くことで知られた高等法院の判事の別荘で奇々怪々の殺人事件が発生した。被害者は判事の娘の婚約者で、しかも現場にいたのは判事ただ一人。法の鬼ともいうべき判事自身に、皮肉にも重大な殺人容疑がふりかかったのだ。判事は身の潔白を主張するが状況証拠は不利になるばかり。判事は黒なのか白なのか? そこへ登場したのが判事の友人で犯罪捜査の天才といわれるフェル博士。
<感想>
起承転結、非常にきれいにまとまった作品だと思う。最初に主要人物となる判事の人間性を示し、彼の主張が語られる。そしてその主張の後を追うように事件が起き、彼の主張を聞いていたフェル博士によって事件が暴かれる。そこで起きるアリバイをからめた不可能犯罪の展開も物語りに絡めながらフェル博士に操られるかのように解かれて行く。強烈な一撃はないものの、なかなかの佳作である。
余談として不満を言わせてもらうと、この作品のラストも「ユダの窓」のH・Mのようにフェル博士に法廷に立って、そこで強烈な一撃を喰らわせてもらいたかった。せっかくの法廷に関する舞台が整っていたのだからそういうシーンがあってもいいと思うのだが。ただ、フェル博士の人柄を考えればこれもいたしかたないのかもしれない。
<内容>
離婚したことで独身となったイヴ・ニールは、向かいに住むロウズ家のトビイ・ロウズと婚約した。とある晩、ニールの寝室に別れた夫ネッド・アトウッドが忍び込んでくる。ネッドは家の鍵を返さずに、持ち出していたのだった。向かいの家ではいつも、トビイの父親モーリスが収集した骨董品を窓際でながめている。そんなモーリスに目撃されたらとイヴは気が気ではなかった。そして、向かいの家を見たネッドとイヴは絶句することに。モーリスが何者かに撲殺されて殺害されていたのだった。そして、事件の容疑はイヴにかかることに。モーリスが殺害されたときに、一緒に破壊されたかぎ煙草入れの破片が何故かイヴの着衣についていたのであった! いったい何が起きたというのか!? 圧倒的に不利な状況の中、ただ一人、キンロス博士がイヴの無罪を主張する。
<感想>
再読ではあるのだが、遠い昔に読んだきりであったので、ほぼ初読といってよいかもしれない。カーの作品のなかでは評価の高い作品のひとつであるが、噂にたがわない良作である。
本書は不可能殺人を取り扱ったものである。殺害現場にいるはずのなかったイヴが、何故殺害現場にいた者のみが付着するものを付けていたのか? という謎。この謎にシリーズキャラクターではない、キンロス博士が挑む。
また、もうひとつこの作品における特徴があるのだが、それはクイーンばりの論理によって、犯人を決定付けているということ。その論理の指摘により、今まで見てきた構図が、がらりと変わることとなり、事件の様相が一変することとなるのである。
そして、真犯人に対する動機についても申し分なし。実にうまく伏線を張り、それを回収しているのである。まさに、最初から最後まで納得させられる本格ミステリ作品である。さほど長くはないページ数のなかで、見事にミステリ的な要素をぎっちり詰め込んだと言えよう。捜査が行われている中盤は、さほどミステリ的に濃いとも思えなかったのだが、読み終えてみれば無駄のない内容であったことに気づかされる。
ミステリのお手本的な作品と言いたいところであるが、まねできそうで、なかなかできない端正な作品であると思われる。さらに、主人公イヴ・ニールの恋の行方も必見。