忘れない日々 2
初めて貴方に気持ちを伝えた時の事、僕は今でも覚えてる。






いつか来るであろうその時の為に、僕は何百もの言葉を考えた。
どの言葉も僕の気持ちをそのままに伝えるのは難しいと思ったけれど、全ての言葉が僕の真実だったんだ。
それでもやって来たその瞬間、僕の頭はスパークしてしまったみたいに考えた全ての言葉を忘れてしまって。
僕は貴方が好きです、と言うのが精一杯だった。
貴方は驚く事もなく柔らかく笑ったね。



───────────そうか。それは偶然だな。私も同じだ。



やっぱり僕の本当の気持ちは伝わってなかったんだと思って、僕は悲しくなった。
僕が好きって言ったのは、友人としてでもなく、上司としてでもなくて、恋愛感情、なんです。
俯いた視線の先に、僕のくたびれたブーツがあって、僕はたまらなく惨めな気がしたんだ。
それでも貴方は言ったよね。



───────────だから言っているだろう?私も同じだ、と。



触れた唇は思ったよりも柔らかくて、女の子の唇とそう変わらないんだって初めて知った。
























睡蓮は肺の中で静かに、ゆっくりと、しかし確実に成長していく。
剪毛のような細く柔らかい根を毛細血管に突き刺し宿主の血液から養分を吸い取る。
宿主に嫌われないように、宿主に気付かれないように。
睡蓮は宿主の瞳から世界を見る。宿主の鼓膜からあらゆる音を聞く。
宿主の思考を感じ取る。
蕾をつけるようになると、睡蓮は意志を持ちはじめる。
宿主が誰かを想う。
その信号は睡蓮にとってたまらなく不快なものらしく、根や茎や葉や蕾を揺らし、肺の中でぐるぐると暴れまわるのだ。






その動きはまるで。
嫉妬に怒り狂うヒステリックな女。
























青島は病院から署に帰る道すがら、室井に電話をかけた。
「どうした?」
「ん…今日も遅くなりそうですか?」
「まあいつも通りといったところだな」
受話器越しの声は酷く頼り無く、その頼り無さに心細くなるのは相当まいってる証拠だ、と思う。
「会いたいんだけど」
会ってどうしようというのだろう。
室井にありのままを伝えようというのか。

───────────僕の肺の中には睡蓮が寄生していて、その睡蓮は貴方に嫉妬をして、僕を喰らい尽くすんですよ

安っぽいテレビドラマの台詞よりもバカバカしい。
それでもあの老医師が見せたレントゲン写真にはぼんやりと睡蓮の影が写っていた。
それに。


「判った、仕事が終わったら君の部屋に行こう」


苦笑混じりの囁くような声に。
ちりちりとした胸の痛みを感じた。
























小さくドアをノックする音。
「こんばんわ」
「ああ…遅くなった」
室井は何も知らない。
室井が睡蓮の事を知ったら、きっと自分から離れていくだろうと思った。
僕の為に、と言って。

少しだけ柔らかい表情を浮かべる室井を、腕を伸ばして抱き締めた。
「青島?…どうした…?」
ねえ、僕は貴方が好きだよ。
いつも照れてしまって上手く言えないけど。
貴方の腕はとても暖かいし。
僕の髪を撫でる指先はとても優しいし。
僕は貴方の全てを手放したくないんだ。





嫉妬するならすればいい。
僕はこの人から離れない。
絶対に。





青島はゆっくりと腕の力を抜いて室井に小さく触れるだけのキスをした。
電話で声を聞いていた時よりも僅かに強くなった痛み。
「ねえ…」
甘えた声を出すと室井は目蓋を開ける。
「ずっと…側にいて…足りないんだ、全然足りない…」
「青島?」
「あんたがイヤじゃなかったら、一緒に暮らそ…?」

たとえ睡蓮がこの胸を突き破っても。

室井は呆れたように小さく笑った。



「それもいいかも、な…」













──────────僕は貴方の側にいたい

















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