忘れない日々 1
甘い甘い、情交。






「はあっ…」
溜め息のような喘ぎ声は鼓膜を震わせ、腕の中の室井が自分を感じてくれているんだと酷く安心する。





もっともっと、オレを感じて。
もっともっと、オレを求めて。





「んっ…あ…お…しまあっ…」
室井の柔らかい肉は青島を誘うように絡み付いて、まるで食虫植物に溶かされていく小さな虫になったような気がする。本当に溶けてしまえば、溶けて同化してしまう事ができるなら。


「……っ!」


いつからだろう。
室井を抱く時に限って、必ず胸が痛くなるようになったのは。
硬く細い棘で胸の中を刺されるような、そんな痛み。





「だい…じょうぶ…か…?」
熱に黒い瞳を濡らしながら心配そうに尋ねてくる室井を心配させたくなくて、大丈夫と笑ってみせた。





この痛みはきっと。
貴方を狂おしい程愛しているから。
























「…普段は大丈夫なんだよなあ…」
そっと自分の胸に手を這わせてみる。
何も変わっていない。
どくどくという規則正しい鼓動が掌に伝わって来るだけだ。
それでも室井と一緒に過ごす時間は、決まって胸が痛くなる。
白く発光する長い廊下をぼんやりと見詰めながら青島はもう一度なんでだろう?と首をひねった。
「青島俊作さん、診察室にお入り下さい」
滑らかな女性の声がして、促されるまま白いドアを開ける。
何故病院は一面真っ白なんだろう、とどうでもいいような事を考えながら看護婦の言う通りシャツを脱いだ。


「病院に行きたいんですけど」と言うと袴田はまた?と言って許可を出してくれた。
忙しいんだから早めに帰って来てね、と言われて結果によりますけどと冗談を交わした。
目の前には分厚い老眼鏡をかけた老人が何処の国の言葉だか判らない文字をさらさらとカルテに書き込んでいく。
「さて、胸が痛いんだって?」
こんなじいさんで大丈夫かな?と少し不安になったものの、せっかく病院に来たんだしと思い、青島ははあ、と返事をかえす。
「どんな感じだね?こうズキズキ、とかチクチクとか」
「なんかこう、小さな棘が刺さっているようなカンジです」
「一日中かね?」
「いえ、普段は痛くもないんですけど…」
そこまで言ってしまってから少し考えた。
何故、室井が側にいると痛み出すのだろう…?
「ふむ…痛くなる時に誰か側にいるかね?」
老医師はレントゲンのフィルムを蛍光灯にかざしながら、つまらなさそうに青島に聞いた。
その問に、青島は何と言って答えればいいのか判らなかった。
恋人…と言ってしまっていいのだろうか?
「恋人、か?」
老医師は青島の方を見る事なく言い当てる。
「え…あ、はい…判りますか?」
相手が男だとか、そんなことはどうでもよかったのかも知れない。
こんな質問にドキドキしてしまう自分が、青臭い子供のようだと可笑しかった。
老医師はふんと鼻で笑い、ずり下がった眼鏡をくい、と指で直してからよく聞きなさい、と青島を見る。





「この影が判るかい?これは睡蓮だ。君は睡蓮に寄生されてしまったんだよ」





青島にはこの老医師が何を言っているのか判らなかった。
睡蓮?
睡蓮が寄生しているだって?


「そうだろう、驚くだろう。しかしな、睡蓮は人間の肺に寄生するんだよ。しかも厄介な事に寄生する睡蓮は感情を持っているんだ」
やっぱりこの医者は老いぼれだ、と青島は気分を悪くして席を立とうとした。
「宿主が特別な感情…まあ言ってしまえば恋愛感情なのだが、そういった感情を抱いている相手に嫉妬するんだよ」
「そんな…バカな話」
しかし痛み出すのは、決まって室井が側にいる時なのだ。
老医師はもう一度青島に椅子を勧めて、さらに話を続ける。
「睡蓮は宿主に愛する事を許さない。睡蓮に寄生された人間は愛を捨てて睡蓮と共に生きていくか、愛を捨てられずに睡蓮に喰い尽くされるか、二つに一つなんだよ」

















──────────神様、これは一体、何に対する罰なんですか?

















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