飛行機のフライト時間まで、あと七時間ほど。
 十時に離陸する上海行きの飛行機の会社、その会社のチェックインカウンターの所在などの必要事項を調べ上げ、メモを取る。
 そのとき、事務所のドアを開けてマサが入ってきた。
「生きてたの? いくら電話しても話し中だったから、押し掛けてきちゃったわよ」
 ぼやくように喋るマサの頭を、優作は手帳で軽く小突いた。
「痛っ。何すんのよォ」
「おまえ、車は?」
「言ったでしょ? 車検に出してあるって」
「使えねえなあ、ったく」
「何よ、その言いぐさは?」
 苦々しく舌打ちする優作に、マサはむくれて反論する。
 怒るマサを無視して、優作は黒のスーツを手に取った。
「オレ、今から成田に行ってくるから、留守番頼むぞ」
「成田ァ? 今から? ちょっ、ちょっと何考えてんのよ、工藤ちゃん?」
「悠人を連れ戻しに行って来る」
「え? 悠人クンをって……。居場所わかったの?」
「今の場所はわからんがな。十時発の飛行機だって電話があってね」
「誰から? まさか悠人クンが?」
「聞いて驚け。黄仲正直々だ」
 マサは大口を開けて驚いた。
 無理もない。正直優作だってまだ信じられないくらいなのだ。
 それでも、信用に足りる情報がそれしかない今、やるだけのことはやるしかない。
「そんなわけだから、大急ぎで行って来る。ベスパじゃ高速乗れないかもしれないから、どれだけ時間がかかるかわかったもんじゃないし」
「車ぐらい買いなさいよね」
「今から買って間に合うんならね」
 優作はそう言って手を振ると、大急ぎで事務所を飛び出した。
 階段を下りる音が響いたかと思うと、スクーターのエンジン音が響き渡り、急発進の音を轟かせたかと思うとやがてエンジン音は小さくなっていった。
 夜中の静寂を取り戻した道路を、マサは事務所の窓越しに見下ろして呟いた。
「そういうこと言ってるんじゃないわよ、バカ。悠人クンと暮らすなら、車の方が便利だってコト」
 マサは事務所のドアを閉めると、散らかり放題になっているデスクの上を片付け始めた。
 口の端に笑顔を浮かべて。


探偵物語

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