ブランデーグラスを片手に、黄仲正はしばらく思案に耽っていた。
 目をつむると、悠人との思い出が走馬燈のように過ぎる。
 自分の快楽だけを追求してきた暮らしは、決して悠人にいい思い出はないだろう。それどころか、悠人は自分を憎み、徹底的に嫌っている。
 自分の性癖のせいとはいえ、悠人が去っていくのが耐えきれず、黄仲正は悠人を傷つけてきた。
 嫌われてもいい。悠人さえこっちを見ていてくれれば。
 手放したくない気持ちに相反すると思いながら、ずっと悠人に激しい快楽を与え続けてきたが、悠人はとうとう快楽の虜となることはなかった。
 それでも、悠人は叔父である黄仲正に頼らざるを得ない生活をしてきた。
 だが、誰かに保護されなければ生きていくことも困難だった昔と違い、今悠人は自分で道を切り開こうとしている。
 ずっと誰かの庇護下で暮らしてきた悠人にとって、それは最も困難なことかもしれない。
 悠人の根深い頑固さは、黄仲正自身が一番よく知っている。こうと決めたら、テコでも動かないだろう。
 そして黄仲正は、人生最大とも言える博打をうつ。
 傍らでずっと控えていた劉太戴に、黄仲正は短く用件を伝えた。
「電話を」
「はっ」
 劉太戴は携帯電話を黄仲正に手渡すと、音もなく退席した。
 黄仲正の指が、電話のボタンをゆっくりと押す。
 0・4・5・…………
 横浜市の市外局番と電話番号を押すと、電話を耳に付けた。
 コール音が鳴り響く中、黄仲正は手の中でブランデーグラスを回し続けた。



探偵物語

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