翌日も、黄仲正は会議で出社しなければならなかった。
 こんどは、劉太戴も一緒である。劉太戴の腕は複雑骨折の重傷だったが、彼はギプスをしただけで腕をつるすことなく、そのまま上からスーツを着ていた。
 悠人はまた、ひとりぼっちで寝室に置いて行かれた。
 今回は、昨日の電話の罰という黄仲正の言い分で、裸に剥かれて後ろ手に縛られたままだ。
 しかも、履かされた革の紐パンツは、パンツと言えるような形状ではなく、竿も袋もモロ出しになっている。しかも、付属の細い紐が、ペニスの根本部分を縛っている。唯一隠されている後孔部分も、後孔に入るようにと特製のバイブレーターがつけられていた。このバイブレーターも黄仲正の特注品で、タイマーが付いており、時間が来ると自動的に動く仕組みになっている。
 タイマーをセットした黄仲正さえもいつ作動するかわからないモノを、悠人は後孔に差し込まれてしまったのだ。
 入っているだけでも圧迫感があるのに、いつ動くかわからない恐怖で、悠人はすでに息が荒くなってきた。
 こんなあられもない姿にされていても、悠人の脳裏に浮かぶのは、優作のことである。
 昨日は何度も電話をしたのに、結局誰も事務所の電話に出なかった。
 優作に会いたい。せめて声だけでも聞きたい。
 悠人の思いは、いつ襲い来るかわからない快感の恐怖と相まって、次第に強くなっていった。
 昨日優作のところに電話をかけただけで、このような仕打ちを受けたにも拘わらず、だ。
 悠人は意を決して這いずるように電話に近づくと、足の指で何とか事務所の電話番号を押した。
 トゥルルルル……トゥルルルル……
 4回ほどコール音がした後で、相手方の受話器があがる音がした。
『はい。工藤探偵事務所』
 ずっと恋い焦がれていた優作の声がした。
 悠人は懐かしさのあまり、感極まって声がでなかった。
『……もしもし?』
 訝しげな声で、優作が電話の主に尋ねる。
 切られたらまずいと、悠人は必死にのどの奥から声を絞り出す。
「ゆ、優作……」
『悠人か?』
 小さな声ではあったが、悠人が一声出しただけで、優作は電話の主を当てた。
「優作……よかった……」
 今にも消え入りそうな声で、悠人は泣き笑いをしながら呟いた。
『悠人! いまどこだ? どこにいるんだ?』
「わかんない……。どっかのホテルだと思うんだけど、来るとき目隠しさせられていたし、ホテルの名前がわかるようなモノは、すべて隠されているみたいで……」
『そうか……』
 至極残念そうな声で、優作が呟いた。
『それにしても、おまえずいぶん元気ないじゃないか。ちゃんとメシ食ってんのか?』
「こんなんじゃ食欲なんてわかないよ」
『ちゃんと食っておけよ。オレは骸骨みたいに痩せこけた悠人なんて、抱きたかないからな』
「うん……」
 冗談めいた優作の口調に、悠人もつられて少し笑う。
「優作こそ、怪我の方はどうなの?」
 ずっと気にしていた心配事を、ここぞとばかりに尋ねる。
『オレか? 中区の鉄人と言えば、この工藤優作様のこった。まあ、ちょっと打撲とかはあるけど。あと、差し歯が行方不明。でもまあ、何ともないよ』
「そう、よかった……」
 優作の口から無事を知った悠人は、安堵とともに涙がボロボロとこぼれてきた。
 すすり泣く悠人の声が聞こえたのか、優作が心配そうに尋ねてきた。
『どうした、悠人? 黄のヤツに何かされているのか?』
「叔父さんがいたら、電話なんてかけられないよ……」
『そりゃそーだな』
 苦笑いを浮かべている優作の顔が、すぐその場にあるような気がした。
 だが、手を伸ばしたくても縛られている手ではどうしようもないし、ここには優作はいない。
『悠人……平気か?』
「うん、大丈夫……」
 言いかけて、悠人はふるふると首を振った。
「ううん。本当は全然大丈夫じゃない。恐くて、苦しくて、寂しくて……。どうしても優作の声が聞きたくて……」
 今にも泣き出しそうな悠人の声に、優作はしばらく無言でいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
『声だけ聞きたいのか?』
「ううん。本当は会いたい! 優作の腕に抱き締められたい! ずっと……ずっと優作と一緒にいたい!」
『悠人……』
「オレ、優作のこと愛しているんだ! もう離ればなれになって、こんな思いをするのはいやだ!」
『オレもだ、悠人』
 悠人に悲痛な叫びに、優作も頷くように答える。
『オレだって、おまえがいなくなって、どれだけ寂しくて悔しい思いをしてきたか』
「優作……」
『だから、オレは絶対におまえを助ける。おまえの中国行きを絶対に阻止して、奪い返してやるからな。今度こそ、オレを信じて待っていろよ』
「うん!」
 悠人は元気よく返事をすると、満面の笑みを顔に浮かべた。
 悠人がこんな晴れやかな顔をしたのは、実に久しぶりのことである。
『よーし、いい子だ。それまで我慢できるな?』
「うん。頑張ってみるよ。ありがとう優作」
『悠人……愛しているからな』
「オレも……オレも優作のこと、あい……」
 愛してる。
 そう言おうと思った瞬間、悠人の後孔のなかで、不快な物体が急に動き出した。
 こんなときに……っ。
 悠人は苦々しく思ったが、電動器具の与える快感は、悠人の一番イイところをぐいぐいと刺激する。
『悠人?』
 突然うめきだした悠人に一体何が起こったのかわからない優作は、大声で悠人の名前を叫んだ。
「ゆ、優作……。ゆ……さく……っ! あっ!」
『どうした、悠人!』
「やっ! だめ……! もう……切っ……てっ! あああっ!」
『悠人、悠人!』
 艶めかしい声を張り上げて泣き叫ぶ悠人の声に、尋常ではないと感じた優作は、一所懸命に悠人に呼びかける。
「あああン! あっ! 優作……、ゆうさくぅ! いやああああっ」
 機械的に責め続けるバイブの振動に、悠人は悶え苦しんでいた。
 悠人を恥辱に貶めているのは、バイブレーターだけではない。
 今あげている恥ずかしい声を、電話越しに優作が聞いているというのが、何より辛かった。
「ゆ……、はあうっ! ゆうさ……くぅっ? あンっ!」
『悠人! 絶対……絶対助けてやるからな!』
 優作はそれだけ言うと、乱暴に電話を切った。悠人の醜態を聞いているのが我慢できないということもあったのだろうが、自分がその声を聞いているほうが悠人が辛いと悟ったからだ。
 ツーツーっと電話の切れた音がするなかで、悠人はとうとう精を吐き出してしまった。
 それでもまだ悠人を蹂躙している機械は、止まることなく悠人を犯し続けている。
「ゆう……さく……ゆう……」
 涙で濡れた顔を呆然とさせたまま、悠人はただ優作の名前を呟いていた。


探偵物語

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