小一時間ほど経った頃、マサが事務所に顔を出した。
「工藤ちゃ〜ん。言われたとおり、灯油買ってきたけど、どうする…の…」
「おう、マサ。やっと来たか」
 軽く返事をする優作に、マサは大口を開けて呆然とその格好を見ていた。
 天井に渡してある物干し棒に足の甲を引っかけて、逆さ吊り状態で腹筋運動をしているのだ。
 いくらたいしたことがなかったとはいえ、怪我人のやることとは思えない。
「ちょ、ちょっとォ。なにしてんのよ! 」
「モヤモヤした気分の時には、運動で発散するのが一番」
「バカなこと言ってないで、早く降りなさい! 怪我人でしょ?」
「うーい」
 気のない返事をすると、優作は宙返りをして降りてきた。
 あまりに乱暴な降り方に、マサはびっくりして思わず怒鳴り散らす。
「そんな降り方して! 怪我がひどくなっても知らないわよ!」
「そう怒るなよ。で、灯油は?」
 優作はネクタイを締め、ジャケットを羽織ると、段ボールを置いてあるデスクに足を運ぶ。
「まだ車の中だけど」
「ちょうどいいや。このまま出かけるべ」
「出かけるってどこによ」
 サングラスを手に取り、帽子を被ると、優作は何気ない顔をしてマサに視線を向けて答える。
「江ノ島」
「江ノ島ぁ?」
 マサの叫びを無視して、優作は段ボールを持つと、さっさと事務所から出ていってしまった。
 あわててマサも、優作の後を追う。
「ちょっと、一体何だっていうのよォ」
「いいから車の後ろ開けろよ」
 有無を言わせぬ優作の口調に、マサは仕方ないといった面持ちで、ミニクーパーの荷台を開けた。
 優作は灯油の入ったポリ缶の横に段ボールを置くと、さっさと助手席に乗り込んでしまった。
 それを見て、マサは呆れたようなため息をつくと、運転席に身体を滑り込ませてドアを閉める。
「言いたくないみたいだから、今は聞かないケドさ。わけわからないまま何かされるのは、アタシはイヤよ?」
「そのうち気が向いたら話すって」
 優作は帽子を目深に被ると、煙草をくわえてそれだけ言った。
 一連の優作の動作からかなり機嫌が悪いと見たマサは、返事をせずにエンジンを回して車を走らせた。



探偵物語

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