その頃、優作は近くの接骨院にいた。
 昼過ぎにマサに送ってもらう予定だったが、朝一番で趙先生のところに一人で向かったのだ。
 趙先生は優作の無茶をたしなめると、大老の応急手当の素晴らしさを褒め称える。
 念のため、右足のレントゲンを撮るが、幸い骨に異常はなく、肩とともに湿布を貼っただけで帰された。
 事務所に戻ると、ドアの前に引越センターの箱がひとつ置いてあった。
 優作は不審に思ったが、持ち上げて軽かったのと、差出人の名前を見て、露骨に嫌そうな顔をして頷く。
 差出人の住所氏名は『東京都中野区 相木悠人』となっていたが、黄仲正からのお届け物と見て間違いない。
 荷物を持って事務所の中に入ると、おもむろに箱を開けた。
 中には茶封筒に入った現金二百万円と、大量の写真とネガ。すべて悠人の恥辱的な姿を撮したものだった。
 こんなにあるのか、あの変態オヤジ!
 優作は怒りのあまり、頭に血が逆流するのがわかるほどだった。
 そのとき、事務所の電話が鳴り響いて、燃えそうなほど熱くなった優作の頭に直撃した。
 慌てて優作は電話を取ると、ものすごく機嫌が悪そうな声で応対する。
「はい! 工藤探偵事務所っ!」
『なに怒ってんのよ、工藤ちゃん』
 電話の相手はマサだった。
 あまりに優作の対応が乱暴だったので、ビビリながらも文句を言う。
「ああ、マサか。わりぃわりぃ。で、何の用だ?」
『何の用? じゃないでしょ。お昼から、趙先生のところに行くんでしょ? 今からウチ出るから、何か食べるもの買ってきてあげようかって思ったのに』
「ああ、そうか。悪かった。でも、オレもう趙先生のトコ行って来たぞ」
『ええっ?』
 面食らったと言わんばかりに、マサが驚愕した声をあげる。
『あんた、またそんな勝手なこと……』
「だから悪かったって。大老にはナイショな? それより、こっち来るなら、買ってきて欲しいものがあるんだが」
『なに? 何を買ってこればいいの?』
「灯油。ガソリンでもいいけどね。少しでいいんだ」
『それはいいけど……。あんた、まさか黄仲正の家にでも放火する気?』
「あ、そーゆー手もあったか」
『やめてよねェ。知り合いが放火犯なんて、冗談じゃないわよ』
「まあ、放火は冗談としても。とにかく頼む」
『……まあ、何に使うつもりか知らないけど、いいわ。それだけでいいの?』
「ああ」
『わかったわ。一時間もすればそっち着くと思うから。じゃあね』
「ほいよォ」
 マサが電話を切るのを確認すると、優作も受話器を置いた。
 段ボール箱の中から写真を一枚撮りだして、煙草をくわえてじっと見つめる。
 恥辱的な行為にわななく悠人の姿がそこにあった。
 優作は苦虫をかみつぶしたような顔をすると、その写真を段ボールの中に放り投げる。
「あの変態オヤジ。よくもまあ……」
 優作は煙草に火をつけると、面白くないといった面持ちでブカブカと煙草の煙を吐き出した。


探偵物語

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