悠人は全身を襲う激痛で目が覚めた。
 痛みを堪えながら周囲を見回すと、悠人の知らない部屋だった。
 どこかのホテルのスウィートルームだろう豪華な部屋の広いベッドの上で、悠人は寝かされていた。
 首には犬のように首輪を繋がれ、両手は後ろに縛られ、足枷もつけられていては、身動きを取ることもできない。
 何より悠人が辛いのは、目が覚めるとすぐそこにいた、優作の姿がないことだ。
「優作……」
 当然、返事はない。
 だが、その名を呼ばずにはいられないほど、悠人は非常に心細かった。
 黄仲正の激しい責めで、悠人の白い肌には鞭で引き裂かれた傷が縦横無尽によぎっている。
 悠人を縛める革のロープが、身体に食い込んで痛苦しい。
 だが、どんな責めや戒めよりも、優作と別れたことで、悠人の心は張り裂けそうなほどだった。
 オレが決めたことなのに……。
 悠人は何だか情けない気分になり、じわりと目頭が熱くなってきた。
 優作は、オレのためにあんなになるまで闘ってくれたのに……。優作のあんな姿を見るのが辛くなったからって、オレは……バカだよっ!
 次々溢れる大粒の涙を拭うこともできず、悠人は自分を責め立てた。
 オレが優作のこと信じてあげなかったから、こんな目に遭ったんだ! オレがいつまでも怯えてばかりいるから……!
 嗚咽を洩らしながら泣きじゃくる悠人の耳に、カチャリとドアの開く音が聞こえた。
 悠人はその音にビクリと反応して、まるで怯えている小動物のように固まってしまった。
 入ってきたのは、叔父ではなく劉太戴だった。
 あられもない格好のまま放置されていた悠人は、今の自分の姿を他人に見られるのは恥ずかしすぎる。
 いくら叔父のところに厄介になっていた時から、悠人の事後の世話をしてきたとはいえ、やはり恥ずかしいものはどうしようもない。
 こんな姿も泣き濡れた顔も、誰にも見られたくない。
 せめて、と悠人はベッドに顔を埋めて伏せいった。
「起きていらっしゃったのですね、悠人様」
 劉太戴の声に、悠人は再びビクリと身体を震わせるが、顔は伏せたままである。
 伏せいる悠人に構うことなく、劉太戴は部屋に入ってきた。
「お身体をお拭きいたしましょう」
 そう言って、劉太戴が濡れタオルを、体液で汚れている悠人の下腹部に伸ばしてきた。
 悠人に興味がないのか、黄仲正を畏怖しているせいなのかはわからないが、劉太戴は悠人を後始末以外のことで手を触れることはまずない。
 悠人もわかってはいるが、やはり他人に裸体を晒したうえ、後始末をさせるのは、どうしてもなれない。
 タオルを持った手が悠人の尻に当たると、悠人はあわてて身をよじった。
「やっ! い、いいってば。自分で…、自分でするから……」
「しかし、そのお姿では」
「じゃあ、せめてこれほどいて」
 潤んだ瞳で悠人に懇願されると、さすがの劉太戴もちょっと弱い。
 ひとつため息をつくと、後ろ手に縛ってある縄を切り、足枷を外した。
 ようやく手足の自由を取り戻した悠人は、ふぅと安堵のため息をひとつ漏らす。
 不自由だった両腕をパタパタと振り回している間に、劉太戴が首輪の鍵を外してくれた。
 暴れるたびに窒息するほどきつく締められていたので、首輪を外されたことで悠人はようやく生きた心地がした。
 劉太戴がタオルを持って近づいてくると、悠人は首を大きく横に振って拒否する。
「だから、自分でやるってば」
「しかし、そのお身体では、歩くこともままならないでしょう」
「大丈夫だって」
 そう言って悠人はベッドを降りて立ち上がろうとしたが、案の定腰に力が入らず、その場にへたりこんでしまった。
 言わんこっちゃない、といった面持ちの劉太戴は、右手でひょいと悠人の身体を抱え上げると、バスルームへと連れていった。
 劉太戴はバスルームの床に悠人を降ろすと、お湯の温度をぬるめに設定するとシャワーを出した。
「このくらいの温度なら、それほど傷にしみないと思います。終わりましたら、お呼びください」
 それだけ言うと、劉太戴は悠人に一礼してバスルームから出ていった。
 悠人は這うようにシャワーの下まで行くと、全身にシャワーを浴びる。
 傷口にお湯があたるとちょっとしみるが、ぬるめの温度のお湯だったので、そうひどくは痛まない。
 湿らせたタオルにボディソープを含ませ泡立てると、精液などで汚れた下腹部を中心にごしごしと洗う。
 身体を洗い終わって、全身の泡を洗い流すと、今度は水を出して頭から一気に被る。
 水を頭から浴びたので当然冷たかったが、ようやく目が覚めたような気分になり、何とか立ち上がれるまでに気力が戻った。
 浴室から出ても着るものがないので、悠人はタオルを腰に巻いてバスルームから出てきた。
 そこで悠人は、洗面台で腫れた左腕を冷やしている劉太戴の姿を目撃して、驚いた。
「りゅ、劉さん。その腕……」
 届けて貰った氷をタオルにくるんで腕を冷やしていた劉太戴は、珍しく顔をほころばせて悠人に微笑みかけた。


探偵物語

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