布団を頭まですっぽりかぶっても、どうしても眠ることができない。 何とか寝ようと努力はするが、優作の言葉が脳裏を離れないのだ。 言われてみれば、黄仲正にどんなことをされても「嫌」と言ったことはないかもしれない。 両親が離婚する間際、家の中の空気がギスギスしているのが嫌で、自分さえいい子にしていれば元の父母に戻ってくれると思い、悠人は自分を殺してひたすら聞き分けの良いいい子を演じてきた。 しかし、悠人の必死の努力もむなしく、結局両親は離婚。 泥沼の離婚劇は、悠人を更に叔父の性癖の犠牲にするという泥沼に追い込んだ。 叔父に対しても、父親母親に対しても、何でも決めて貰うばかりで、自分で何かしようとしたことはないような気がする。 ただ、大学を決めるときは、さすがに父親ともめた。 芸術家として食べていくことが大変なのを身をもって知っている父は、悠人が自分と同じレールを走ろうとしていることを不安に思ったのだ。 それでも、悠人はどうしても油絵をやりたくて、必死に父親に食らいついた。 結局、父親が折れる形になったが、後日何の気なしに見てしまった父の日記には、悠人が自分の道を決めたことを素直に喜んでいた文面がつらつらと書かれていた。 父親思いで、困らせるような言動は何一つしなかったあの子が、自分に食ってかかってまでも信念を貫き通そうとした。 それを見たとき悠人は、自分こそ父親を苦しめるだけの存在だったと思っていただけに、とても嬉しかったのを今でも思い出す。 悠人の一番の理解者である父親が死んだことが、未だに悔やまれてならない。 悠人を取り戻したその日から、父親がずっと悠人のことを守ってくれていたと思っていたからだ。 だが、果たして父親だけのせいで、叔父が五年も悠人を諦めていたのか。 優作が投げかけた疑問に、悠人は頭を悩ませた。 確かに、叔父ほどの権力があるならば、父親を追い落とすのはたやすいことかもしれない。 それなら、どうして五年もの間、悠人に接触を計ろうとしなかったのか。 悠人は何度も寝返りを打ちながらずっと考えていたが、結論には至らなかった。 そんなこんなで結局寝付けず、気がつけば五時になろうとしている。 寝るのを諦めて起きようかと思ったとき、ソファーに寝ていた優作が突然起きあがった。 驚いた悠人は、とりあえず布団を被って寝たフリをする。 布団の隙間から、観察するように優作をのぞき込む。 優作は悠人が起きていることに気付いた様子はなく、上半身裸になると、柔軟体操を始めた。 最初、何をしているのかわからなかったが、柔軟体操だと気がついた悠人は、思いの外柔らかい身のこなしをしている優作が意外だった。 柔軟体操が終わると、精神統一をしてから次々と突きや蹴りを繰り出す演武を始め、素早く正確な動きに悠人はただ感心するばかりである。 演武を終え、逆立ちをして腕立て伏せを始めたときには、悠人は我を忘れて身体を起こして見入っていた。 「おう、起きたか」 悠人が起きたのに気がついた優作だが、腕立て伏せはまだ続けている。 「寝付けなくて」 「眠れなかったのか?」 腕立て伏せを終えて、今度は腹筋運動を始めた。 普段の飄々とした軽い雰囲気からは想像もできないほど、タフでハードな身体は、こうした地道な努力によって作られていたのだ。 こうした地道な努力を他人に見られるのを優作は嫌うが、今日は悠人が見ているにもかかわらず、休むことなく続けている。 「悪かったな。余計に悩みを増やして」 「ううん」 悠人は短く返答すると、優作の筋トレをじっと見守っていた。 一通りの筋トレが終わり、再び柔軟体操を始める優作。 悠人は何の気なしに、ふと思った疑問を口走る。 「優作って、毎日朝早くから、そうして身体鍛えているの?」 「この商売って、意外に身体が資本なんでね」 クールダウンを終えた優作は、煙草とライターを持って悠人が寝ているベッドにやってきた。 時計は6時ちょっと前を示している。 「日の出のご来光を拝むには、ちょっと遅いけど、海見に行くか?」 「ん……。やっぱ、今日はやめとく」 一晩中起きていたので、さすがにこれから朝の海に散歩に行くという気分にはなれない。 優作はおもむろにくわえていた煙草に火をつけ、申し訳なさそうに悠人の顔をのぞき込む。 「そうか。まあ、寝られなかったんじゃあ、疲れてんもの無理はないな」 「そのかわり、また今度見に行こうよ。今度は近場じゃなくて、もう少し足を伸ばしたいな」 「そうだな。この件が終わったら、二人で海辺の温泉にでも行って、ゆっくりしようか」 「うん。じゃあ、約束」 まるで指切りでもするかのように、悠人は目をつむって唇を突き出す。 キスを求める悠人に優作は一瞬躊躇したが、求められるがままにそっと唇を重ねた。 唇を離した後も、目を細めて愛しそうに自分を見つめる悠人の瞳に、優作は辛抱できなくなって悠人の身体を強く抱き締めた。 「ゆ、優作?」 突然の強い抱擁に、悠人は驚きを隠せない。 「まったく。オレもどうかしちまったのかな。出会って三日しか経ってないこんなガキ、しかも男相手に、どうしようもないくらい恋い焦がれるなんて」 |