コンビニで煙草とビール、そしてつまみと悠人の飲み物を仕入れた後、空室のあるホテルを探して走り回った。
 平日なのに意外に空室が少なかったが、やっと見つけることができた。
 普通は男二人で入るようなところではないだけに、悠人は自分たちが場違いな気がしたが、優作は別段気にした様子はない。
 さっさと部屋を確保すると、悠人の肩を抱いて部屋に連れ込んだ。
 有線が静かに流れる部屋に、大きなテレビと長いソファー。中央には大きなベッドが置いてある。
 白熱球が照らすオレンジ色の照明が、部屋の雰囲気をさらに妖しくしていた。
 悠人はこの部屋が放つ独特の雰囲気に、思わず息をのんだ。
「ラブホは初めてか?」
 優作は新しい煙草の封を切りながら、悠人に尋ねた。
「え? あ、その……うん……」
 しどろもどろになりながら、悠人は何とか返事をした。
 黄仲正と暮らしていた頃は、自宅で<調教>させられることが多かったが、出張や旅行に付き合うときに泊まるのは、大きなホテルのスウィートルームがほとんどで、こんなこぢんまりした部屋ははじめてだった。
 そんなことは知らない優作は、悠人が落ち着かないのは雰囲気に呑まれているのだと思い、立ちすくむ悠人の手を取ってソファーに腰掛けさせた。
 優作もその隣に座ると、おもむろに煙草を取り出し火を付ける。
「悠人。あのさ……」
 吸い込んだ煙を一気に天井へ吐き出すと、優作は言葉を続けた。
「おまえ、童貞か?」
「あ、え? なっ!? …それは…あの……」
 耳まで真っ赤にしてパニックに拍車のかかった悠人のことを、優作はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて見ている。
 こんな顔をするときの優作は、大抵悠人のことをからかっていると決まっていた。
 からかわれたと知って、悠人は顔を真っ赤にしたが、今度は怒っている。
「悪かったって。ちょっと聞いてみたかっただけだ」
 優作は顔の前で手を合わせ、拝むように謝るが、本気で言っているようには見えない。
 反応からして、悠人が童貞だというのは間違いないだろう。
「でも、アレだな。いくら悠人が童貞だといっても、おまえのためにオレのケツを差し出すつもりはないからな」
「オレだってお断りだよ」
 二人はしばらく顔を見つめ合うと、同時に苦笑いを浮かべた。
 煙草を一本灰にし終わると、優作は立ち上がって大きく伸びをした。
「さてと。風呂でも入れるか」
「シャワーでもいいよ」
「せっかく来たんだから、ゆっくり湯船につかっていこうや。どうせ、ウチにはシャワーしかないし」
 シャワーしかない、というよりは、シャワーしか使えないと言ったほうが正解なのだが、ともかく優作はお風呂のお湯をために席を中座した。
 その間一人でちょこんとソファーに座っていた悠人は、落ち着かなくなって何の気なしに冷蔵庫を開けた。
 お金を入れて飲み物を出すタイプの冷蔵庫の中には、いろいろな飲み物やらつまみの類が入っていたが、どれも市価より高い。
 優作がコンビニでいろいろと仕入れてきたのが、何となく理解できる。
 テレビのほうはさすがに無料だったので、暇を持て余している悠人はテレビをつけた。
 しかし、どのチャンネルを見ても、これといって面白くないものばかりだ。
 お風呂ができあがると、優作に促されて悠人は先にお風呂に入った。
 明るく広いバスルームに一人きりで、何となく心細くなり、優作が入ってくるのを待っていたが、バスルームの外に優作の気配はなく、適当に身体を洗うと仕方なく風呂をあがった。
 入れ替わりに優作がお風呂に入っている間、悠人は更に暇だった。
 夕食時の優作の言葉が心に響いて、テレビを見ても頭に入らない。
 買ってきた飲み物の中から、スポーツドリンクを取り出し、優作が食べ残したらしいチーズ鱈を食べつつ飲む。
 やるせない気持ちでチーズ鱈をつまんでいたとき、優作が買ってきた缶ビールが目に入った。
 酔っぱらいの台詞で「飲まなきゃやってらんない」というのがあるが、アルコールを飲めば、こんな気持ち忘れられるかな。
 悠人はそう考えると、優作の缶ビールを手に取り、思い切って口の中に流し込んだ。
 しかし、想像以上のビールの苦みに、悠人は思わずビールを吹き出してしまった。口の中でまだ発泡している炭酸が苦みを残していて、何となく気持ち悪い。それに、アルコールのせいか、喉が焼けるように痺れる。
 初めてのビールに悠人がむせていると、優作が風呂からあがってきた。
「どうした、悠人?」
 ビール缶片手にむせるようにせき込む悠人の姿を見て、優作は納得した。
「大丈夫か? 無理すんなよ」
「無理なんか……してないって」
 そう言いつつも咳が止まらない悠人の背中をさすり、優作は缶ビールを取り上げると脇にあったスポーツドリンクを悠人に手渡した。
 口の中で発泡する苦みを一刻も早く洗い流したい気持ちで、悠人は一気にスポーツドリンクを飲み干した。
 優作は苦笑を浮かべながらも、悠人の飲み残したビールに口を付ける。
 まだ口の中に残る苦みに不快感を感じながらも、悠人は恨めしそうに優作を見つめた。
 飲んで浮き世の憂さを晴らすという芸当は、悠人には当分無理と言われているみたいで。
 時計のデジタル表示が12:00を示すと、優作は大きく伸びをした。
「さってと。そろそろ寝るか」
 優作の言葉に、悠人はどきりと心臓を高鳴らせ、ソファーから立ち上がった。
 別に誘われたわけではないが、自然と足がベッドに向かう。
 しかし、優作は空いたソファーに自らの巨躯を投げ出し、黒スーツを布団代わりに上体に掛け、帽子を目深にかぶった。
「ゆ、優作?」
 当然これから一緒に寝るものだと思っていた悠人は、ソファーに転がる優作に戸惑いを隠せずにいた。
 しかし優作の方も、さも当然と言わんばかりにその場を動かない。
「おまえがベッドを使えや。オレはこっちで充分だから」
「で、でも……」
「おやすみ」
 悠人に反論の暇を与えず、優作は帽子で顔を隠したまま手を振った。
 大きなため息をつくと、悠人は仕方なく、ベッドの端に腰掛ける。
 落ち着かなくて、ベッドから足を出したまま寝転んだり、立ち上がってその辺を歩き回ったりしていたが、そのうち諦めて一人クィーンサイズのベッドに潜り込む。
 事務所では、セミダブルのベッドに二人寄り添って寝ていただけに、広いベッドに一人というのは、どうしても心細い。
 何度か寝返りを打つが、どうしても寝付けない。
「悠人」
 寝ていたと思っていた優作が、悠人を呼んだ。
 悠人は慌てて上体を起こすが、優作は相変わらずソファーの上で寝そべっていた。
「オレたちはまだ、出会ってから三日しか経っていない。セックスしたっていっても、お互いの根本的なところまで熟知しているわけじゃない。メシの時には厳しく言い過ぎたかもしれないが、いずれ考えなければならないことだっていうのは、わかってくれ」
「うん……」
「考えてみれば、オレたち出会ってまだ三日。黄仲正がオレたちのこと知らない可能性のほうが大きい。そう慌てることじゃない。依頼の期限まであと一月近くある。考える時間はたっぷりあるさ」
 優作はそう言うと大きなアクビをひとつして、再び黙り込んだ。
 再び部屋が静寂に包まれた。
「優作……?」
 優作に声をかけるも、返ってきたのは優作のものとおぼしき寝息だけだった。
 悠人は再びため息をつくと、ベッドの中に潜り込んだ。



探偵物語

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