その晩、二人は心ゆくまでお互いを貪り合い、疲れた悠人はぐっすりと夢の中へ。
 身体の奥の奥まで男を知っている悠人を、寝るまで疲れさせるのは大変だった。
 こっちが先に果てちまいそうだったよ。
 寝かしつけた悠人の顔を見ながら、優作はそう思った。
 薄暗い事務所の中を歩いて、デスクに置いてある悠人の資料を手に取る。
 卓上蛍光灯の明かりを点けると、おもむろに資料に目を通す。

 <黄 悠人
  日本名 相木悠人
  …………
  19XX年9月11日生まれ T美大油彩科2回生
  …………>

 なるほど。確かに悠人の言う通り、もうすぐ二十歳になる大学生だ。中学生にも見える外見からは、とても想像はつかない。
 優作は煙草に火をつけ、資料の熟読を再開する。
 黄仲正と会ったときは、時間がなくて斜め読みしただけだったので、読み飛ばした項目がいくつかあった。
 東京都中野区のマンションに、父親と二人で暮らしていた。
 兄弟姉妹はなしの一人っ子。
 母親は裁判の直後に大阪の実業家と再婚。子供は二人。現在、悠人とは疎遠状態。
 父親は中国水墨画の大家で、芸術に疎い優作も名前だけは知っていたほどだ。
 両親と一緒に住んでいた場所は、山手町方面で、石川町駅を挟むなら中華街とはほぼ反対側になる。
 もっとも、山下公園や中華街に遊びに行くことくらいは、あったかもしれないが。
 ほか、保育園から高校までの学校名や担任の名前まで、事細かに明記されている。
 学校関係ならまだしも、友達とおぼしき人物の名前と住所まで書かれていたのは、さすがの優作も正直気味が悪かった。
 ここまで事細かに調べられるなら、どうしてわざわざ場末の探偵など雇ったのか。
『一半一半同士、何か繋がるものがある』
 黄仲正の言葉が脳裏をよぎった。
「何考えてんだ、あの野郎……」
 乱暴に煙草をふかしながら、小声で呟いた。
 もしかしたら黄仲正は、優作が悠人を保護していることを、すでに知っているのかもしれない。
 夕方電話が来たときにはそのことに関して聞かれなかったが、知らないとは言い切れない。
「三十六計逃げるに如かず、だと思ってたんだがなぁ」
 期日まで悠人を匿えば、黄仲正は悠人を諦めて中国本土へ出向するだろうとふんだから、隠し通す手を考えていたのだが、どうやら逃げの計略がうまく行くとは思えなかった。
 煙草のフィルターが焦げそうになるくらい吸い込むと、煙を吐きながら火を消す。
 髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしると、新しい煙草をくわえて頬杖をつく。
「何とか別の対策立てにゃならん、か……」
 資料と悠人の写真を見比べて、ため息混じりにそう呟いた。


探偵物語

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