見ると当の優作は、苦虫をかみつぶしたような面持ちで煙草をふかしていた。
 優作の表情から推測すると、どうやら触れられるのがイヤな思い出らしい。
 それでも悠人は、いくら過去のこととはいえ、自分以外に男がいたということが心苦しかった。
 もっとも、着ているもののセンスは良いとは言えないが、よく見れば優作はいい男である。
 全体的に細面でシャープな印象だが、少々下がり気味の目がともすれば鋭くなりすぎる印象を緩和している。
 女ばかりでなく、男にだってモテるかもしれない。
 悠人の脳裏に大きな不安がよぎった。
 悠人は今にも泣きそうな顔をして、優作を見る。
 うるんだ瞳で見つめられ、優作は慌てふたいめいた。
「あ、いや、その……。昔の話だよ、昔の。売春しているっていう男の素性調査の依頼があって、近づいただけ。一回こっきりだし、ちゃんとその後エイズ検査も受けて陰性だったから」
「でも……」
 悠人の肩を掴み、優しい口調で事情を説明する優作だったが、悠人が不安に思っていたのはそういうことではなかった。
 優作はきっとモテる。他にもっといい男なりいい女なりが現れたとき、自分が捨てられるのではないかということが、悠人の不安なのだ。
「大丈夫よ、悠人クン。工藤ちゃんは、馬鹿みたいにお人好しだもの。あなたを見捨てたりなんかしないわよ」
「馬鹿みたいって何だよ。だいたいマサが余計なこと言うから、悠人が泣くんだろが」
「アタシは自分の感想を、率直に口にしたまでよォ」
「ともかく、悠人を泣かすなよ。こいつ今、ナーバスになってんだから」
 優作はぴしゃりとそう言い放つと、悠人の頭を引き寄せて優しくなで回した。
 引き寄せられた優作の胸は暖かく、脈打つ鼓動は子守歌のようだった。悠人は優作の胸に顔を埋めて、こぼれた涙を拭う。
「ごめんね、悠人クン。でも優作は、見た目コレだけど、本当に優しいわよ。特にあなたみたいな子にはね。何たって……」
「マサ」
 マサが何か言いかけたところで、優作は短く言葉を発し、睨むようにマサに目配せをした。
 静かだが迫力のこもった瞳で睨まれると、さすがのマサも黙るしかない。
「……まあ、何というか。今はオレもフリーだし、おまえにベタ惚れときてるから、何も心配するこたぁない。だから、もう泣くな」
 他人がいるにもかかわらず、さらりと愛の告白をする優作に、悠人は恥ずかしいやらうらやましいやらの、複雑な気持ちになった。
 優作は人の目を気にせず、エッチを続けようとしたり、惚れているとも言ってくれた。
 他人がどう思おうと、気にしない。自分の信じた道をひたすら突き進む。
 優作のそういうところが、うらやましい。
 悠人は涙を拭いて、優作の胸から顔を離すと、二人を見比べて精一杯の笑顔を見せた。
「……ごめんね、二人とも。もう、大丈夫だから……」
「ううん。アタシが悪かったのよ。二人がアツアツなもんだから、つい意地悪したくなっちゃった」
「ほーだ、謝れ」
 食べかけの豚まんを頬張りながら、優作はマサに悪態を付いた。
 神妙になっていたマサが、ギロリと優作を睨む。
「工藤ちゃ〜ん?」
「食うか?」
 マサに睨まれていることなど意にも介さない優作は、ビニール袋の中から新しい豚まんを出して、マサに突き出す。
「……もらうわ」
 怒りながらもマサは、ちゃっかりと豚まんを手に伸ばした。
 優作の手からひったくるように豚まんを取り上げると、マサは近くのイスに腰掛けた。
 豚まんを三口ほど食べ、ようやく中身にたどりついたところで、マサは悠人のほうに視線を移した。
「ところで悠人クン。学校のほうはどうしているの?」
 口をモゴモゴ動かしながら、マサは尋ねた。
 少しだけ考えてから、悠人は話し始めた。
「お父さん死んでから、身辺整理を理由に休学届けは出してある。もっとも、一回生のときにまじめに授業は受けていたから、単位に余裕はあるけれど」
「休学?」
「一回生?」
「単位?」
 さして記憶の遠い昔でもない時期に聞いたことのある単語に、マサと優作は交互に口を開いて単語をつぶやく。
 二人は驚愕したと言わんばかりの表情で顔を見合わせると、優作が恐る恐る口を開いた。
「あの……悠人くん。ちょっとお尋ねしますが……キミ、今、何歳?」
 妙ちくりんにかしこまった口調で尋ねる優作に、悠人は怪訝そうな顔つきをして答えた。
「今年の秋で二十歳になるよ。大学はT美大で、今二回生。それが?」
「なんだとォ?」
 優作とマサは同時に声を張り上げた。
 背もあまり高くはなく、顔も中性的というよりは女の子に近く、ヘタすれば変声期の終わった小学生のほうが悠人より年上に見えてしまう。
 いいとこ高校入学したてといった面持ちの悠人が、大学生で、もうすぐ二十歳だったとは、二人とも夢にも思わなかった。
 現在より若く見られることがよくある悠人は、二人の反応に「やっぱり」と眉をひそめた。
「そういう二人はどうなの?」
 さも面白くもないというように口をとがらせ、悠人が怒鳴るように尋ねる。
 悠人の問いに、二人は順番に答えた。
「アタシは二十四歳」
「オレ、二十五歳。マサは早生まれだから年は違うけど、同級生なんだ」
 二人の答えに、今度は悠人が固まる番だった。
「えええ〜〜〜っ?」
 しばらく硬直した後、二人に負けないくらいの驚きの声をあげる。
 悠人が驚くのも無理はない。
 かたや時代錯誤も甚だしい格好をした大男で、かたやオネエ言葉と仕草が限りなく女性だが口ひげを生やしている男性なのだ。
 二人とも、自分が申告した年よりも、はるかに老けて見える。悠人はてっきり三十はいっていると思っていた。
 もっともこの二人は、商売柄、人生の辛苦を同年代の人間よりははるかに多く舐めてきたのだから、格好だけでなく言動も老けて思えるのは仕方がないことだ。
 お互い、年の差は十歳はあると思っていたから、意外に年が近かったので、びっくりするのも無理はない。


探偵物語

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