翌日の午前中、優作は中華街大通りにある茶房で、碧螺春を飲りながらゲームボーイにいそしんでいた。小学生の友人に、ポケモンを育てて欲しいと頼まれていたからだ。 結局、あれから一睡もできなかったが、コーヒーを飲む気分にもなれず、こうして中国喫茶の片隅で、ぼーっとゲームをしている。動かす手とは別に、頭の中は英斗のことでいっぱいだった。 英斗が欲しかった。奪い取りたかった。しかし、それができない臆病な自分がいた。 それだけのことだ。 ゲーム機を片手に蓋碗を取り茶をすする。 何度も英斗の面影を払拭しようとするが、うまくいかない。画面の中で、育てている最中のポケモンが負けた。慌てて電源を落とし、セーブしたところからやり直す。 優作の前の席に、誰かが座った。驚いて顔を上げる優作に、相手は屈託のない笑顔で応える。 「よっ、優ちゃん」 「なんだ、柴さんか」 つまらなそうに眉をしかめる優作に、酒屋の若旦那は苦笑を洩らしてテーブルに肘をかけた。優作は再びゲームボーイに目をやり、ゲームを再開する。 「なんだはないだろ? にしても、優ちゃんとゲームって、似合わないよなぁ」 「涼に頼まれたんだよ。レベル上げ」 「そんなことまで仕事にしているのか?」 「子供から金を巻き上げるほど、極悪人じゃないつもりだよ。そのかわり、翔子ちゃんとのデートの打診をしてくれるって約束だけどね」 「翔子……ああ、本屋の娘か。女子大生の。あの娘、彼氏いるんだろ?」 「マジ?」 優作が眉をしかめて顔を上げる。目の前に、得意げな柴の顔。 「こないだ、横浜の東急ハンズで、男と歩いているのを見たぜ。すっげー仲良さそうに、腕なんか組んじゃってさ」 呆然と天井を見上げる優作。電源を入れたままゲームボーイを放置し、テーブルの上に突っ伏す。 「……なんか、やる気無くした」 「そう言うなよ。どんな仕事でも、依頼は依頼だろが」 「そーだけどさぁ……」 「どうした、優ちゃん。さっきから、元気ないじゃん」 「フラれたばっかで元気ないの、オレ」 頭を抱えて突っ伏す優作を、柴は豪快に笑い飛ばす。まるで毎度のことと言わんばかりに。優作は口を尖らせて、柴を睨む。 「笑うな」 「はは。悪りぃ悪りぃ。そんなに翔子ちゃんのこと本気だったのか?」 どうやら柴は、優作の恋の相手を翔子と勘違いしていたらしい。 「翔子ちゃんじゃないよ……。柴さんの知らない人」 「慰めてくれる女性(ひと)とかいないのかね?」 「いねえから、こんなところでポケモンとデートしてんじゃんか」 やる気のなさそうに、片手でゲームボーイを操作する優作を、柴はニヤニヤと見つめていた。ウェイトレスが柴の注文した西湖龍井茶を運んでくる。 「まあ、そんなに気を落とすな。それより、今日の夜、空いてるか?」 「……空いてる」 「なら、今晩<トワイライト>に来いよ。久しぶりにメンツ揃えて演ろうぜ」 柴がサックスを吹く手つきをして、優作を見る。優作はやる気なさそうに、ノッてる柴をぼーっと見つめていた。 「やる気ねえなぁ」 「そういうなよ。こんなときこそ、ガーッと演奏したほうが、気分晴れるって。な? ウチのバンドに、優ちゃんのピアノが加われば、最強だぜ」 「ピアノって……悦っちゃんはどうしたの?」 「また旅行だってさ。ったく、メンバー集合の時には、いつもいねえ。悦子のヤツをクビにすんから、優ちゃんメンバーに入らない?」 「かんべんしてよ……」 疲れたように優作が呟く。コイキングのレベルが20になった。進化しようとしているところを、Bボタンを押して進化を止める。柴は龍井茶をすすると、ニヤリと笑う。 「まあ、それはともかくとして。今夜は来いよ。失恋のやけ酒くらい、おごってやるって」 「気が向いたらねぇ」 素っ気ない優作の返事。視線はゲームボーイに注がれている。柴は思わず苦笑を洩らした。 「待ってるからな」 そう言って柴が席を立って、店を出た。テーブルには、龍井茶の伝票を残したままで。 「ったく、何がやけ酒おごってやるからだ」 怒りの混じった声で、優作が呟く。優作はゲームをセーブして電源を落とすと、二つの伝票を持って席を立った。 |