◆ ポリス番外地 [03]


 朝日に輝く海に向かって優作がヤケクソ気味に暗唱する詩は、萩原朔太郎の『漂泊者の歌』。


日は断崖の上に登り

憂ひは陸橋の下を低く歩めり。

無限に遠き空の彼方

続ける鉄路の柵の背後(うしろ)に

一つの寂しき影は漂ふ。

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ああ汝 漂泊者!

過去より来りて未来を過ぎ

久遠の郷愁を追ひ行くもの。

いかなれば蹌爾(そうじ)として

時計の如くに憂ひ歩むぞ。

石もて蛇を殺すごとく

一つの輪廻(りんね)を断絶して

意志なき寂寥(せきりょう)を踏み切れかし。

.

ああ 悪魔よりも孤独にして

汝は氷霜(ひょうそう)の冬に耐えたるかな!

かつて何物をも信ずることなく

汝の信ずるところに憤怒を知れり。

かつて欲情の否定を知らず

汝の欲情するものを弾劾(だんがい)せり。

いかなればまた愁ひ疲れて

やさしく抱かれ接吻(きす)する者の家に帰らん。

かつて何物をも汝は愛せず

何物をもまたかつて汝を愛せざるべし。

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ああ汝 寂寥の人

悲しき落日の坂を登りて

意志なき断崖を漂泊(さまよ)ひ行けど

いづこに家郷(かきょう)はあらざるべし。

汝の家郷は有らざるべし!



 優作は朗々と詩を謳い終わると、手にしていた帽子を本牧埠頭方面へ向かって投げた。クルクルと、まるで駒のように飛んでいく帽子。海に落ちると、波間を漂い、やがて沈んでいく。
 優作はどんな気持ちで帽子を海に投げたのか。優作自身にも帽子にもわからない。ただ、春の朝日が次第に明るくなり、今日も一日横浜の街を照らしてくれるだろう。



探偵物語

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