◆ 復讐のメロディー [01]

 別の場所で、英斗は今のやり取りを聞いて舌打ちをした。
「仕込んだ本人が、どれが本物かわかんないってーのは……」
 英斗はとりあえず、もらったダイナマイトの中で、比較的重たいひとつに火をつけた。ヤクザたちが火もとを見つけてやってくる。できるだけ引きつけて、英斗はダイナマイトを海に向かって転がす。
 海に落ちる直前、耳をつんざくような爆音が響いた。英斗を追っていたヤクザたちが爆風で海に吹き飛ぶ。あらかじめ耳を塞いでいた英斗だったが、それでもまだ耳が痛い。
 囂々と燃え上がる海辺を、英斗は呆然と見つめていた。
「あたり……」
 英斗は我に返ると、急いでその場を後にした。

 本物のダイナマイトがあると知ったヤクザたちは、一斉に浮き足立ってしまった。誰かが逃げようとわめいた。佐藤はそいつの胸に銃弾を撃ち込む。断末魔の悲鳴をあげる間もなく、男は絶命した。
「もういい! 腰抜けがどれだけ雁首揃えようと、所詮は腰抜けだ! てめえらは埠頭の入り口にいて、奴らが逃げ出したり、野次馬やポリ公たちが入ってこないように見張ってやがれ! 奴らはオレと郭先生でカタをつける!」
 佐藤の怒鳴り声に、全員が色を失った顔をする。郭は相変わらずの能面面だったが、自分の名前が呼ばれたとき、ほんのわずかだが右の眉がぴくりと上がった。
 佐藤はトカレフから空の弾倉を取り出し、新たな弾倉をつめた。
「郭さん」
 佐藤はそれだけ言うと、顎をしゃくって郭を促す。
「あんたは正真正銘のプロだ。オレがいちいち指図しなくてもいいだろう。自由に動いてくれ。オレもあんたの邪魔にならないように動く」
 佐藤の言葉に、郭は黙って頷くと、再びコンテナのジャングルへと向かって走った。佐藤もまた、急いで郭の後を追う。

「工藤さんっ」
「英斗。無事だったか」
 迷路のようなコンテナ通路を歩いているとき、二人はばったりと出くわした。お互いの無事を確かめ、ほっと胸をなで下ろす。
 英斗が優作の胸の飛び込んできた。優作もまた、英斗の身体を抱き締める。
「そっちのダイナマイトは本物だったらしいな」
「推測だけど、重いヤツが本物だよ」
「なるほど」
「それより、何で工藤さんが、こんな物騒な物持ってんの?」
「昔、生田にある映画スタジオで、拝借してきた。鍵がかかっている倉庫に転がっていたから、持っていっていいもんかと思って」
「ドロボーじゃないか、それって」
「人のこと言えるのか? おまえ」
 漫才のようなやり取りをしながら、二人は埠頭の雰囲気が今までと打って変わったことに気が付いた。
「静かだね」
「ああ。静かすぎる」
 二人は背中を合わせて、周囲を隙無く見回した。人影はない。だが、気配だけがひしひしと伝わってくる。とてつもない重圧感に、二人の背中に冷や汗が流れた。英斗が優作の背中を突っつく。
「煙草を一本くれないか?」
「……ほら」
 優作は振り返って、英斗にマルボロの箱を渡した。
 銃声。
 優作の身体が崩れる。苦痛に顔を歪める優作。血の匂い。
「工藤さんっ!」
 英斗が悲痛な声で悲鳴をあげた。
「騒ぐな」
 優作は静かな声で英斗を制するが、左肩が焼けるように痛むので、蚊の泣くような声しかでない。肩に手をあてると肉がえぐれているのがわかる。脂汗が止まらない。 英斗に支えてもらって立っているのが精一杯だった。
 二人は銃声のしたほうへ視線を向ける。視線の先が光った。郭が口にくわえていた煙草に火をつけたのだ。手に持っている銃は黒星ではなく、優作と同じベレッタだった。銃口の向きが優作の眉間を捕らえている。
「その男を放せ、英斗(インスィー)」
 感情のない冷たい郭の声。英斗は首を横に振って、優作を抱き締める。
 郭が大股に一歩前進する。銃口は相変わらず優作に向けられていた。
「あんたを撃ちたくないんだ」
「逃げろ……英斗」
 優作が振り返って英斗に言う。優作の顔色が悪い。英斗は必死に首を横に振る。渾身の力を込めて優作を抱き締め、郭を睨み付ける。
「撃つなら撃ってみろよ、殺し屋さん。ただし、この人が死ぬときは、俺も一緒だ」
「男と無理心中ですか……。それはちょっと……」
 全身を襲う痛みなのに、優作の口からはまだ冗談が出るらしい。英斗は口元に笑みを浮かべてはいたが、今にも泣きそうな顔をしている。優作は英斗を元気付けようと、笑顔を作って英斗に見せた。
 二人のやり取りを苦々しく思った郭が、もう一度ベレッタをぶっ放す。銃弾が英斗の頬をかすめた。
「どくんだ、英斗。その男……譚優作(タン ヨウズオ)は、俺の弟を殺した仇だ」
「弟……? 殺した……? オレが?」
 優作が独り言のように呆然と呟いた。郭がさらに二人に近寄る。
「忘れたとは言わせない。八年前、香港で、おまえは俺の弟・郭富春を殺した」
「郭富春(グォ フーチュン)……郭(グゥオック)……富春(フーチェン)」
 優作がうわごとのように北京語と広東語を繰り返す。貧血のせいか、優作の目の前がぐるぐると回る。
 女を犯す男。たぎる血潮。恐怖と快楽の同居。女の顔。馬麗秀でも英斗でもない。ましてや、久美でもない。
 頭の中を一条の光が走った。
 麻薬の匂い。郭富春。殺した。俺が。
 優作の目が、カッと見開かれた。不意に可笑しさがこみ上げる。
「そうか……そうだったのか……。ははっ。思い出したよ」
 顔を押さえて、ひとり笑う優作。英斗を押しのけ、優作は自力で立ち上がる。笑いが止まらない。
 訝しい顔で優作を見やる郭と英斗。
 八年前の出来事が、鮮明に優作の脳裏によみがえった。




探偵物語

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