◆ ダイヤモンド・パニック [03]

 佐藤は焦っていた。
 取り引き途中の宝石を横取りされたというだけでも失態だというのに、ヤクの取り引きも警察に踏み込まれ、白虎組はガタガタだ。せめて宝石を取り戻し、あの小僧と探偵を血祭りに上げなければ、メンツを取り戻せない。
 メンツを取り戻すために仕組んだゲーム。
 だが、佐藤にとって予想外だったのは、優作の銃の腕前だった。素人とは思えないほど、正確だった。一撃で標的を落とした上に、その標的を救っている。今まで何度か行ってきたゲームだが、成功したことは誰一人としてなかった。
 こうなったら、後先のことなど考えてはいられない。どういう手段を取ってでも、探偵と小僧を殺す。そして、ヤクの取り引きをタレこんだ裏切り者も……。
 佐藤は手下たちに大きな声で命令すると、自らもトカレフを手にコンテナの山に走った。

 ヤクザたちが優作たちを取り囲むように、円陣を布いてきた。取り囲んでなぶり殺しにするつもりだというのが、素人の英斗にもわかる。
「工藤さん……」
 さすがの英斗も不安を隠せない。優作のスーツの裾をしっかりと掴む。
 優作は英斗の肩を抱き寄せ、首筋にキスをした。状況が状況だっただけに、さすがの英斗も一瞬面食らった。
「なっ……!」
「続きしたいか?」
「こんなときに何を……」
「続きをしたかったら、生き延びようと思うこった」
「……バカ」
 英斗の顔から苦笑が洩れる。不安が払拭され、緊張で強ばった身体がほぐれてきた。
 ヤクザたちが包囲網を狭めてきた。
「走れるか?」
 優作が英斗に問う。
「何とか」
 英斗が答える。
「合図をしたら、右に走れ」
「合図って?」
「その時になればわかる」
 優作はスーツの内ポケットからサングラスを取り出し、英斗に渡す。訝しげな顔をしながらも、英斗はサングラスを受け取った。
 サングラスと一緒に取り出したマルボロに、優作は最大火力で火をつける。ヤクザたちの銃弾が、ライターの火を目印に一斉に撃ち込まれた。優作と英斗は慌てて身を伏せる。
 英斗が悪態をつく。
「こんなときに煙草なんて……」
「もう少しだけ引きつける」
 優作が煙草の煙を思い切り吸い込んだ。
「そろそろだな」
 煙草の先がパチッと光ったような気がした。何かを察した英斗は、急いでサングラスをつける。
「殺せ!」
 佐藤が叫ぶ。
 優作が声のする方へと煙草を投げる。煙草から青白い閃光が走った。マグネシウムリボン入りの煙草が放った光で、ヤクザたちはしばらくの間、視力を奪われた。
 刹那、優作は英斗の肩を抱いて右側に走った。包囲網の層が薄い場所だ。顔を覆い、のたうち回るヤクザたちを文字通り蹴飛ばして、二人は逃げた。二人に蹴られたヤクザは気を失って倒れ込む。
 ヤクザたちがあたり構わず銃を乱射し始める。二人は再びコンテナの隙間に身をひそめた。今度は優作が悪態をつく。
「花火じゃあるまいし、バカバカバカバカ撃ちやがって……」
 視力が戻ってきたのか、銃の乱射が止んだ。体制を立て直し、もう一度優作たちを追いつめようと言うのだ。とはいえ、このどさくさに優作たちがどこに消えたのか、佐藤たちにはわからない。
 逃げるなら今がチャンスかもしれないが、優作たちがいるところはヤクザたちが乗ってきた車まで遠すぎる。しかも、一台は優作が炎上させたのだ。
 優作は時計に目をやった。暗くてよくわからないが、撃ち合いを始めてからそれなりに時間は経っているはずなのに、サイレンのひとつも聞こえない。
 本牧埠頭と本牧警察署は、目と鼻の先程の距離だ。これだけハデにやっていれば、もうそろそろ警察なり消防なりが来てもおかしくない。だが、先程からパトカーどころか野次馬の気配すらない。
 もう少しハデにやった方がいいのか?
 優作の視線が腹にくくられたダイナマイトの束に注がれる。ふと英斗を見やると、英斗の視線もダイナマイトに釘付けだ。どうやら同じ事を考えていたらしい。
「ロシアンルーレットだぞ?」
「何でもいいよ。ハデにやろう」
「よし」
 優作はナイフを使って丁寧にダイナマイトの束をバラすと、何本かのダイナマイトとライターをひとつ、英斗に手渡した。
「じゃあ、俺はこっち行くから、工藤さんはあっちね」
「無理すんなよ。ヤバイと思ったら、すぐに逃げろ」
「わかってる」
 英斗は口元に笑みを浮かべて、優作に向かって親指を突き立てて見せた。優作もまた同じように、親指を立てて英斗を見送る。

 優作たちはまだ見つからなかったが、埠頭の入り口で炎上しているクラウンが周囲を照らしている。二人が埠頭から出ていった様子はない。
「探せ探せ! 見つけ次第、始末しろ!」
 佐藤が叫ぶ。ヤクザたちは緊張に顔を強ばらせながら、二人を捜した。物陰があると、即座に発砲という手荒いやり方だった。
「くそっ。あいつらどこに行きやがった」
 誰かが悪態をつく。少し先にあるコンテナの物陰で、何かが光った。男はそっちに向かって何発か発砲した。声はない。足下が明るくなった。不思議に思って顔を下げると、そこにあったのはダイナマイトだった。
「いひ……! ダ、ダ、ダ……!」
 悲鳴は声にならず、うわずっているだけ。パニックを起こしている間も、導火線が短くなっていく。導火線が燃え尽きる。
 パン! パパパパパン!
 ダイナマイトが爆発した。春節の時期によく聞く、小気味の良い軽い爆発音を立てて。
「ありゃ、はずれ。爆竹だったのね」
 物陰で優作が苦笑を洩らす。
 
それでも、ヤクザ一人をビビらせて失神させるには、充分だった。しかし、この音のせいで、ダイナマイトが本物ではないことを、他のヤクザたちが知った。
「ダイナマイトは偽物だ!」
「くそっ! よくもたばかってくれたな、あの野郎!」
「ぜってえ、ブチ殺す!」
 ヤクザたちの怒りに火に油を注ぐ結果となってしまった。
 優作はその場から足早に逃げる。ヤクザたちがきたときは、すでに誰もいなかった。



探偵物語

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