◆ ダイヤモンド・パニック [01]

 優作は一般道を英斗のRZで、できるだけ早く走って山下公園にRZを停めた。そこからはタクシーを拾ってMAYCAL本牧へと行ってもらう。残りの行程は走った。
 指名手配が解けていないかもしれないので、警察の目が恐かったが、黒い帽子と黒いスーツ、黒いダウンジャケット姿なら、そうは目立たないかもしれない。などと、優作は浅はかにも考えていた。その通りだった。
 189cmの大男が、黒づくめの格好をしているのだ。目立たないわけがない。 
 巡回中の自転車巡査が訝しげに優作を見る。優作は愛想笑いを浮かべて、こそこそと立ち去ると、大急ぎで埠頭を目指して走った。



 埠頭倉庫街では、佐藤たち白虎組のヤクザが、苛立たしげに優作が来るのを待ちわびていた。軽快な靴音が夜の倉庫街に響く。全員の顔が音のする方へと向けられた。
「遅えぞ!」
「警察撒いていたもんで……」
 肩で息を切らせた優作が、泣くような声で言い訳をする。だが、優作はきっかり一時間以内に指定の場所に着いていた。佐藤が悔しそうに舌打ちをする。
「まあいい。ブツはちゃんと本物を持ってきただろうな」
「ああ。ここにある」
 優作は迷彩柄のバックパックを足下に転がした。佐藤の顔に凶悪な笑みが浮かび、右手が腰まであがった。手が伸びきる前に優作が怒鳴る。
「バッグの中身は、ただの石だ。警察に追われたときのために持っていた」
「本物はどこだ!」
 今度は佐藤が怒鳴る。その佐藤を、優作が冷たい目で睨み付けた。
「その前に"ヒデ"だ」
「安心しろ。ちゃんと連れてきている。先にブツを見せてもらう」
 優作は黙ってダウンジャケットの中に手を入れた。ヤクザたちもまた、スーツの内ポケットや腰に手をあてる。ダウンジャケットの中でカチッと音が鳴る。緊張が走った。バックルを外して取り出されたのは、大きめのヒップバッグ。背中の膨らみがなくなった。
「こっちが本物だ。確かめてもいい」
 ヤクザたちに安堵の表情が走る。全員、拳銃から手を離した。
「……ヤス、見てこい」
 佐藤に促され、ストライプのスーツを着た昔風ヤクザがぎらぎらした目つきで優作に向かって歩いてきた。彼だけが手に拳銃を持っている。銃口が容赦なく優作に向けられていた。
「野郎。下手な小細工していたら、ただじゃすまさねえぞ……」
 声がうわずっている。目の焦点もあっていない。あまり嗅ぎたくないが、優作は荷物を調べる男の体臭を嗅いだ。頭の痛くなる匂い。
「……あんた、こんな時にヤクなんざキメてきたのか?」
 優作の不快な表情に対して、悦には入ったヤスの表情。
「みんなそうだ。キメなきゃ、やってらんないことだってある。わかるだろ?」
「わかりたくないがね」
 露骨にイヤそうな顔をして、優作が肩をすくめる。
 ヤスはヒップバッグの中から高島屋の包み紙を取り出し、包装紙を破く。油紙に包まれた、大小さまざまな固い物。その内のひとつを取り出し、もどかしそうに破く。まばゆいばかりに輝く大粒のダイヤモンド。本物だ。
「本物です!」
 喜々とした声でヤスが叫ぶ。
「よし! 次はそいつの身体検査だ。ハジキを持っていないか確認しろ!」
 佐藤の怒鳴り声が向こうから聞こえる。せまりくるヤスに対し、優作は困惑した顔をして両手を胸で交差させた。
「男に身体をまさぐられるシュミはないのよ」
「男の身体をまさぐるシュミはあってもか? 探偵野郎」
「そ−ゆーシュミもないんですけどね」
「あの小僧の感度は、むちゃくちゃよかったが?」
「あの子はそれが商売だもの」
「ふん。まあいい。おとなしくしているんだな」
 そう言ってヤスは優作のダウンジャケットに手をかけ、ジッパーを下ろす。暗くてよく見えないが、何かがあるように思えた。
 優作が問う。
「明かり、点けましょか?」
「そうだな。こう暗くちゃあ、何が何だかわかんねえ」
 ヤスが不満げに呟くと、優作はライターの火をつけて、ヤスの側に明かりを差し出す。
「おう。すまねえな……」
 礼を述べる言葉は次第にうわずり、ヤスは全身から汗を拭きだし、顔から血の気が引く。クスリでラリっているヤスの目が、一点に焦点を絞られる。
「わあっ! ……がっ! あひっ……!」
 情けない悲鳴を上げて、ヤスが転がる。
 佐藤たちが一斉に銃を抜く。優作は彼らに向かってジャケットの中身を見せつける。
優作のダウンジャケットの下。びっちりと筒状のものが巻かれていた。それぞれに導火線。
 ダイナマイトだ。
 騒然となるヤクザたち。優作に向けられていた照準が、バラバラに散る。
「撃ってみろよ。これだけの量のダイナマイトだ。宝石もあんたらも一緒に吹っ飛ぶ。ハデに行こうや」
 優作のライターが導火線に近づく。さすがの佐藤も慌てて制止した。
「ま、待て! お、は、はやまるな! 落ち着いてくれ、探偵さん!」
「あんたも落ち着いたらどうだい、佐藤さん」
 したり笑顔で優作が言った。ライターの火はつけたままだが、ダイナマイトからは少し遠ざける。佐藤の顔に安堵の色が戻った。
「オーケイオーケイ……。お互い落ち着こう。探偵さん。あんたの目的は、ヒデとか言う小僧だろう? だったらこんなところで爆死したら、意味がない」
「そうだな。……ヒデはどこだ?」
 優作の目が冷たく光る。佐藤が愛想笑いを浮かべて、上を指さす。
 指の差す方を見上げると、クレーンに吊された英斗の姿。裸体の上にジャケットを掛けられているだけだ。氷の刃のような目つきで、ヤクザたちを睨む優作。全員たじろいで一歩下がる。
「い、生きてはいる……」
「すぐに降ろせ」
 帽子の奥から刺すような光を放つ目。佐藤が引きつりながらも笑顔を見せる。
「ま、まあ、待ってくれ……。せっかくここまでお膳立てしたんだ。ゲームくらいさせてくれ」
「人の命をゲームにするってのか?」
「おまえからそんなごたいそうな言葉を聞くとは思わなかったよ、譚優作」
 口を挟んできた男がいた。優作は佐藤からその男に視線を移す。
 中肉中背。隙のない身のこなし。手にはベレッタ92Fが握られている。照準は優作にぴったりと付いていた。
 ヤクをキメるほどの不安と恍惚のなか、この男だけが正気を保っている。
 こいつが郭富貴か。
 優作は直感でそう思った。




探偵物語

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