ある程度部屋の体裁を整え終わると、優作は青島ビールを飲んで一息ついた。 裸ではさすがに寒くなり、ワイシャツを着てズボンを履く。 ビールを飲み干し、煙草を一本灰にする間、優作は少し思案していた。おもむろに黒電話を取り受話器をあげて、ダイヤルを回す。 呼び出し音が五回。若い女の声が応える。 『はい。工藤です』 「久美か? オレだ」 『お兄ちゃん?』 甲高い声で久美が答える。驚きと困惑が混じっている声だった。甲高い大きな声から一転、小さく囁くような声で優作に詰め寄った。 『一体何があったの? さっきお父さんから電話があって、お兄ちゃんから連絡があったら、引き留めろって……』 「あの野郎……」 悪意の籠もった舌打ちをして、毒づく。優作には父親の考えが読めた。足止めをするためには、拘束、逮捕も辞さないつもりだ。だが、英斗の命がかかっている。裕次郎の思い通りにするつもりはない。 優作は猫なで声を作って、甘えるように久美に話しかける。 「オレは親父のゴタゴタに巻き込まれただけだよ。それより、折り入ってお願いがあるんだけど」 少しの間久美は黙っていた。父親と兄、どちらを信用するか考えていたのだろう。どちらも肉親だ。そして、どちらも子供より手の掛かる大人。悩むのは無理もない。 しばらくの間沈黙が続いたが、優作は辛抱強く久美の答えを待つ。 久美が口を開けた。 『……いいわ。私にできることなら言って』 「オレが使っていた部屋の押し入れの奥に、緑色のスポーツバッグがあっただろ? 南京錠がかけてあるやつ。あれ、持ってきてくれないか?」 『事務所に?』 「いや、事務所は今まずいんだ。ついでに言うなら、おまえと接触するのも危険だ。だから、バッグは陳大老……」 そこまで言って優作は言葉を飲み込んだ。陳大老のところには、すでに裕次郎の手が回っている可能性もあるし、何より佐藤たちがそこを知っている。そんな危険なところに久美を呼び出せない。 顎に手をあて少し考えて話を続ける。 「……いや、元町商店街の、喫茶<モントーレ>って知っているだろ? 昔連れていったと思ったが」 『ああ。あのケーキ屋さんの二階にある』 「そうそう。そこのマスターにバッグを預けてくれ。工藤の名前を出せば、わかるようにしておくから」 『わかったわ。いつまでに持っていけばいいの?』 「できれば、昼までには欲しい。バッグは重たいから、タクシーを使え。タクシー代くらいは出す」 『うん。お父さんには内緒にしておくから』 「悪いね、久美ちゃん。そんなに気を使わせて。苦情はパパへとお願いね♪」 『何言ってんのよ。……本当に気をつけてね』 優作の冗談に怒りつつも、やはり兄の身が心配である。言葉尻が涙声になっていた。久美を元気付けようと、優作は必要以上に張り切った声で応える。 「わかってるって。じゃあ、頼んだぞ」 『うん』 そう返事をして久美は電話を切った。 夢の情景が蘇る。起き抜けほどのショックはない。が、胸の奥が痛む。 優作は首を振ると、ネクタイを締め、スーツを羽織る。今度はズボンを履いているかどうかちゃんと確かめる。履いていた。 身支度を整え終わると、<福>の字を逆さにして貼ってある壁掛けをずらす。小さな穴が空いていた。そこには、<高島屋>の包装紙に包まれて、様々な宝石が入っている。優作は包み紙を取り出し、少し思案する。 スーツのポケットに入れていくには、大きすぎる。やはり何らかの鞄が必要か。 事務所の窓から階下を覗く。スーツを着た会社員風の男が、先程からこちらを窺うように行ったり来たりしている。ヤクザとは明らかに違う。 警察か。 優作は心の中で舌打ちした。思ったより動きが速い。いや、裕次郎が電話をよこす前から、すでに動いている可能性がある。カーテン越しに下の様子を窺いながら、優作は煙草をくわえた。 |