◆ 誘拐 [03]

 水を打ったように静まり返ったハイエースの中で、スピーカーだけが耳障りなノイズを走らせていた。その音が気に障ったのか、佐藤は英斗の中から自分の萎んだモノを抜き、力任せにスピーカーを蹴りつける。
「くそっ! あの探偵野郎、なめやがって!」
「あんなでかいだけのひょろ長い野郎に何ができるっていうんだ! 若頭! 構うこたあねえ、やっちまいましょう!」
 運転手が啖呵を切ると、怒りが一気に沸いてきたヤクザたちは、口々に同意の声をあげた。英斗を取り囲んでいたヤクザの一人が、腰からトカレフを抜き、英斗の胸倉を掴みあげて眉間に銃口をあてる。英斗は叫びも身じろぎもしない。ただ、冷淡な瞳でトカレフを持つヤクザを見据えた。ヤクザの表情に恐慌の色が走る。
「な、なんだよ、てめえ……。泣けよ。叫べよ。命乞いをしろよ!」
 トカレフのセイフティをはずす。英斗は身じろぎもせず、ヤクザの目を見据える。銃を構えるヤクザの腕が小刻みに震える。言いしれぬ恐怖にわななくヤクザの指が、トリガーに掛かり指に力がこもる。
 そのときだった。英斗とヤクザの間に、銀色に輝く帯が流れ、こ気味良い金属音を立ててトカレフが消えた。ガッと言う音とともにブレードが集音機械に刺さり、側にトカレフが転がる。ブレードは、先程まで郭が手にしていたものだ。車内の視線が、一気に助手席の男に集まる。
「あんたがたは譚
子(譚の小僧)を甘く見過ぎている。奴はやると言ったら、本当にやる。下手を打ってブツを失えば、お互いに困る。譚を相手にするなら、手持ちの牌は多い方がいい。その男は、譚に対する切り札になる。手を出さないほうがいい」
 訛りは強いが流暢な日本語だった。感情は押し殺しているいるのか、籠もっていないように聞こえる。
 口数の少ない客人が、日本語でまっとうな意見を述べた。頭に血が上りきっていた佐藤も、落ち着きを取り戻し郭の意見に頷く。
「確かに、郭さんの言う通りだ。この小僧は、あの探偵野郎をおびき出す餌に使える。こいつを使って奴とブツをおびき出す。ブツさえ取り戻せば、あとはどうにでもなる」
 一同が佐藤の言葉に渋々ながら頷く。銃をたたき落とされたヤクザが、まだ何か言いたそうに郭を睨むが、佐藤に恐い顔をされるとすごすごと小さくなる。
 佐藤は機械に刺さったブレードを抜くと、郭に手渡した。郭は荷台の方に身体を回してブレードを受け取り、佐藤に会釈をする。その際、サングラス越しに英斗と目が合ったが、郭はまた何事もなかったかのように前に向き直りブレードをいじる。
 興味のない素振りを見せてはいるが、明らかに英斗を気にしている様子であった。英斗はこの不思議な中国人が、どうしても気になって仕方がないが、今の英斗に調べる術は何もない。

 やがてハイエースは、廃墟と化した工場跡地へと車体を潜り込ませ、錆と湿気の匂いの籠もる建物の中で停まった。
 引き立てられるように英斗は車外に連れ出され、雑草が生えている床へと転がされた。佐藤が英斗の口に突っ込んでいたタオルを外す。呼吸が少し楽になった。が、安堵を感じている暇はなかった。
 待ちかまえたかのように、運転をしていた男が、舌なめずりをして英斗に襲いかかる。何の前戯も無く、いきなり後孔にいきり立った男根が挿入され、英斗の身体を激しく揺さぶった。
「ぐっ、あ、あ……あああーーーーーーーっっ!」
 悲鳴のような喘ぎ声は、突き上げられる毎に快楽の声へと代わる。頭の先からつま先まで男を知り尽くした自分が、このときだけは恨めしく思えた。
 英斗の中で暴れながら、男はうわずった声で聞こえよがしに叫ぶ。
「見たぜ……、ビデオ……。やっぱり、見るとヤルとは大違いだな……。最高だよ、おまえ……」
「ビデオ? 滝川、ビデオって何だ?」
 興味深そうに佐藤が訊ねる。答える運転手…滝川は、落ち着かなげに腰を振りながら、佐藤のほうへと振り向く。
「何日か前から出回って、買ったんですよ。この男の主演ビデオが。状況も丁度今のようなカンジで……。生きているなら、こうして相手にしたかった……」
「……念願叶ってよかったじゃないか」
 恍惚の表情で英斗の尻を突きまくる滝川に、佐藤は呆れたような羨ましいような声で答える。喘ぐ英斗。股間がたぎる。佐藤が再びズボンを下ろして英斗に近づく。
 犯されながらも、英斗は男たちを冷め切った気持ちで見ていた。
 滝川は知っているのだろうか。自分が買ったビデオの収益金が、敵対する咬竜会の資金源の一部になっているということを。
 そう思うと、英斗はどいつもこいつもが馬鹿に見えてきて仕方がない。自分を犯している、犯そうとしている男たちが。自分を守ろうと躍起になっていた探偵が。そして何より自分自身が。
 殺されるかもしれない。
 そんな考えが脳裏に浮かぶ。同時に浮かんだのは、一緒に生まれて一緒に育った、誰よりも愛しく誰よりも憎い弟の顔。誰よりも信頼してきた兄が、ヤクザの盗品を盗んで、挙げ句に犯され殺されたなんて知ったら、純真無垢なあの弟はどう思うだろう。考えてみた。英司の気持ちになる前に、身体の奥から絶頂がこみ上げてきた。頭の中からすべての考えが洗い流される。英司の顔も。
 滝川が英斗の中でぶちまけた。満足した顔で萎えた男根を引き抜く。絶頂が遠のく。が、休む間もなく佐藤のいきり立った男根が挿入された。再び絶頂が呼び起こされる。たまらず、英斗は声とともに吐き出した。それでも男たちは、英斗を犯すのを止めない。寂れた工場内に英斗の喘ぎ声と、男たちの薄ら笑いが響く。
 廃工場の隅にある錆びた鉄パイプのイスに、郭は座り込んでいた。ヤクザたちの乱交騒ぎなど知らぬ世界のことのように、腰から抜いたトカレフを解体しては組み立てる。



探偵物語

<<back   top   next>>